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手短か交信と、じっくり交信の違い 

ACAGの喧騒も終わり、バンドがシーンと静まり返っている。「手短な交信」についてTさんがコメントを下さったのを読んで、しばらく考えていた。現象としては、彼の言うようなところなのだろう。現象面をああだこうだ言っても理解が深まらない。この現実をどのようにとらえるべきなのだろうか。

この週末、ACAGだけではなく、ヨーロッパ、北米それに中国、もしかするとオーストラリアで別なコンテストが開かれていたようだ。聞いていてめまいを感じるような状態であった。それらのコンテストに耳を傾け、要するに、「短い交信をするのが常識になった方々が集う」のがコンテストなのだ、と思い至った。別に目新しいことではないのだが、コンテストで競争しようかという方々はごく一部。大多数は、たくさんの局が出ているので、一つ参加してみよう、上手くすればアワードを完成させられるかもしれない、新たなentityを得られるかもしれない、という望みを抱いて、ちょこっと参加しよう、ということなのだろう。コンテストでは、それ専用のナンバーを送るところが、JCC/Gナンバーを送る普段の交信と違うだけだ。短い時間にまとめて「稼げる」良い機会というわけだ。

DXにしろ、アワードにせよ、コンテストと、交信の内実は変わらない。皆が出てくるコンテストという機会に、いつもの交信の延長で交信するということだ。とすると、それらの楽しみ方に共通することは何かということになる。

いわば「我とそれ」の関係を、アマチュア無線に取り込むやり方なのではないか。「我と汝」ではなく「我とそれ」である。「それ」は没個性化された存在であり、目的とするのではなく、利用する手段となる存在だ。「それ」と対するときに、専ら量的な拡大が関心事となる、ということだ。それは人間関係ではなく、物として交信相手を扱うことだ。量的な拡大は、有限なものを扱うために、やがて終わりが来る。人間関係が本来あるべき、個性的で人格的な関係性を捨象したところに、この「我とそれ」の世界は展開する。

と、ブーバーの哲学を少しお借りして、コンテストの手短か交信の本質を私なりに理解したところを記してみたが、どうだろうか。で、問題は、「我とそれ」の世界と「我と汝」の世界は質的に異なるということだ。「我とそれ」をいくら追求しても、「我と汝」に回帰することはない。真逆の方向を向いて歩みだすことになるわけだ。

以前のコメントにも記した通り、「我と汝」の関係とは、ブーバーにとって究極のところ、自分と神との関わりに関することであり、いわば人生の究極の問題、最後の問題に属する。アマチュア無線などという世俗の楽しみそのものにそのまま当てはめることは間違っているのかもしれない。が、コンテスト手短か交信と、じっくり交信の違いは、想像する以上に大きな違いであり、いわば逆方向を向いているということを時には思い起こしてみることも悪いことではあるまい。

コメント

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Re: タイトルなし

Kさん

え~っと、コールは聞き覚えがあるのですが、何時頃お目にかかったのか思い出せません。1980年代?それとももっと昔でしょうか。何やらDLの局がらみでお話をしたことがあるようなおぼろげな記憶があります。

そうですね、手間のかかるCWからデジタルモードに移行してしまっている方も多くおられることでしょう。

私の英語は、謙遜でなく、まだまだ、というか最近はむしろ劣化し始めております。元々大したことがないのに、どうしたらその劣化を遅くできるか、いろいろと考えているところです。興味を持って繰り返し学ぶことでしょうかね。

私が、このような文章で言いたいのは、手短に済ます交信と、じっくり話し込む交信では、基本的に向かう方向が違うということです。どのようにじっくり話をするかは、また別な問題でしょうね。基本的な方向性が違うことがよく分かっていらっしゃらない方が多くいるような気がして、すこししつこく書いております。自己PRみたいに受け取られると困るのですが・・・。PRすべきものなんて、私には大体においてありません。

またお立ち寄りください。

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目的か手段か

単身赴任中の週末HAMです。じっくりCWで交信と思っても、そうさせてもらえない環境です。Hi
OMのいうとおり質的に違うと思います。コンテスターやJCC/JCG追いかけ局にとっては、CW交信はoutputあるいは手段でしかないと考えます。Outcomeあるいは目的とするところは、やはり多数との交信であったり、全市全町村あるいはDXならhonor-rollでしょうか。また、短時間にどれだけたくさんの局、遠くの局、難しい局と交信するかという設備とskillの維持をoutcomeにしているのかもしれません。
コンテスターが心を通わす交信をしているのかと言われればそれは難しいですが、週末のお手軽コンテスターの私には、runningしながらいつも出会う局とつながったり、珍しいmultiを提供してくれたりすると大きな喜びがあります。old-timerが出てきたりすると、失礼な表現ですが「ご健在でなにより」と思うものです。ここで珍multiがほしいと考えているところに、いつもの局が珍multiを提供してくれるとうれしい。交信の最後にTUと打つのも気持ちが入ってくるものです。
アマ無線活動には多様な活動があります。モールス通信もまた心かよう交信を目的とするのか単なる手段とするのか、そのあたり多くの方々の考えがあるのではと思います。私にとってアマ無線は、無線通信とその技術を通して互いに尊重し理解しあえる仲間とつながる趣味のひとつだし、モールスはそんな無線活動のひとつと考えています。たまにPhoneでつながった局との会話で「モールスではお世話になっています」と言われますが、それだけでうれしい。OMのような交信は夢ですが、そこまで技能が及ばない、時間が割けない、モールス通信のひよっこだと思っています。それでも相手してくれる方々がいることに感謝しながら、モールスでの無線を続けています。
いつか信号が聞こえたときはお手柔らかにお願いします。

Re: 目的か手段か

Nacさん

初めまして。仰られることはよく分かります。大きく考えれば、コンテスターも無線を活性化させてくださっているのだとは思います。私も一頃は狂ったようにやっていましたから、おもしろさの一端は分かるつもりです。

しかし、現在のCW交信の状況、コンテストやDXへのパイル以外、殆ど自らは電波をださず、交信するとしても、リポートとJCC・Gナンバーの交換だけ。無線を楽しむ方向として、これはちょっとなぁと思うのです。

私が多少ラグチューができて、かつ設備も比較的大きいから、それを自慢したいのかと取る向きもあるようですが、それは違います。無線の内容が貧しくなってきていることを心配しているのです。あのコンテストスタイルの交信の積み重ねでは、それをやっているときは熱中できますが、やがて飽きが来ます。そして、その方のActivityは落ちる、ということになります。コンテストスタイルの交信は、アマチュア無線の本来の交信とは真逆の方向を向いているということを知っていただきたい、というのが私の願いです。

でも、各々の楽しみ方で楽しまれるのを横からとやかく言うことではないのかもしれませんね。

ま、私自身のブログなので思うところを開陳させて頂いているというところでしょうか。

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