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衆議院選挙に向けて 

16日投票の衆院選、政党が多く、候補者も乱立、何を根拠に選べば良いのか、しばらく考えていた。

考えるに、一つの争点は、「国の形」の選択なのではないだろうか。憲法を改変し、現憲法の平和主義を捨て、集団的自衛権を確立する動きを是とするか、否かである。国の権力が、国民の基本的人権よりも優先するということ、それに国家体制の要として天皇制を据えることが、戦争をする国への変化と、車の両輪のように併存し、一つの国家体制を作り出す。自民党が基本的人権の条文を、憲法から外し、替わって、明治憲法に戻る新たな憲法に忠誠を誓うことを、国民に要求することが、その経緯を端的に表している。この新体制の維持を確保するために、戒厳令体制に等しい、緊急事態の条項を、憲法改変案に新たに加えている。

集団的自衛権は、結局、国際社会における米国のヘゲモニーに積極的に加担し、第二次世界大戦後もっとも頻繁に戦争を行ってきた米国の戦争に軍隊を派遣することに他ならない。米国との集団的自衛権を有する韓国は、ベトナム戦争で2万人の戦死者を出した。集団的自衛権は、そうした状況になることを意味する。米国は、イラン・中東等戦火を新たに交えそうな地域を有する。その戦争に日本が積極的に加担することにあるのだ。それを良く理解し受け入れた上で、集団的自衛権を憲法上行使する決断をすべきなのだ。中国等、近隣諸国との領土問題での緊張を、集団的自衛権を確立するための根拠に考える方がいるかもしれない。現状でも、少なくとも尖閣諸島は、日米安保が及ぶ範囲と米国は認めている(それが、米国のヘゲモニーを維持するためであったとしても)。また、米中、日中の関係は、経済的に簡単に解消できぬほど深まっている。全面的な戦争状態が起きることは考えにくい。むしろ、東アジアの経済・国際関係の安定のために努力することに集中すべきなのではないだろうか。

もう一つ、「市場原理主義」を、国の制度に積極的に取り入れるかどうか、が問われている。TPPは、元来東南アジア諸国等の経済連携のために発足したが、経済的に苦境に陥った米国が、米国主導のブロック経済体制としてTPPを利用しようとしている。TPPの問題は、関税の多寡のみではなく、加盟国から、非関税障壁を取り除き、米国化させることを目的としていることだ。すべて市場原理を適用し、社会的共通資本としての医療介護・教育・金融制度・農業等を、米国の巨大資本に従属させることを、米国は目的としている。米国資本の目的は、市場開拓であるとともに、日本国民の1500兆円にもなる投資・貯蓄財産を簒奪することにある。市場原理が、社会を歪めたことは、過去20年間我々はまざまざと見せつけられてきた。市場原理主義は、すでに2008年のリーマンショックで露わになった、同主義を政治経済の原理としてきた米国の経済財政破綻で、歴史的に敗北している。

どのような政治経済体制をこれから求めてゆくべきなのか、なかなか見えてこない。官僚制度の硬直を取り除くことは前提に、経済的な拡大発展は、「そこそこで良い」と覚悟を決めること、そのなかで皆が生活しやすい環境・体制を整えられることが必要なのではないだろうか。そこそこで良いというのは、現在の体制をそのまま認めることでは決してない。が、1960から70年代にわが国が経験したような右肩上がりの経済成長は望むべくもない、ということだ。成熟した資本主義国では、大きな経済成長が期待できなくなることは、多くの思想家・経済学者が述べている。また、際限のない経済成長が、この地球を破壊することも現実問題として起きている。社会的共通資本としての農業・医療介護・教育を、市場原理に任せぬこと、各々の現場実務家および専門家にその運営を任せることが大切なのではないだろうか。

まだ、自分の考えを十分深められたわけではないが、威勢よく、効率化・小さな政府を唱える政党・政治家や、戦前の体制に戻し、戦争をする国家を目指す政党・政治家に投票することだけは止めておこうと思っている。

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