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バッハの思い出 

また、仕様もない思い出話。

浪人をしてようやく大学に入った。医学部というからには、最初から医学の勉強があるのかと思いきや、当時は教養部という、専門の学部とは完全に切り離されたところで、教養科目を学ぶことになっていた。2年間の放牧生活と言われていた。最初、軟式テニスのクラブに入り、下手なりに頑張っていたのだが、1年生の冬に、以前から関心のあったオケに友人と入ることになった。その経緯は以前記した記憶がある。

クラシックは、多少聴いていたが、知っている曲目は限られていた。教養部の寮で当時生活していたのだが、二人一部屋の寮の部屋に、オーディオセットを一通り友人と揃えた。学生の身分としてはかなりの金をかけて、山水のスリーウェイのスピーカーを買い、長方形の寮の奥の隅に据え付けた。FM番組からカセットに録音して、それを楽しんでいた。

バッハのこのソナタ、誰の演奏だったろう・・・スークだったか・・・演奏者を思い出せないのだが、当時良く聞いた記憶がある。たまたま、Youtubeでグールドとメニューインの演奏を見つけた。ここに貼っておく。一楽章の旋律が、ことに記憶にはっきりと残っている。マタイ受難曲の有名なアルトのアリアEr barme dichに似ているとも称される旋律だ。バッハの他の作品にもみられる、明と暗の両義性を同時に表現している、言い換えれば、沈鬱な気分でありながら、なにごとかを恋い焦がれる心情でもある、相反する気持ちを一つの旋律が表現しているように思える。メニューインは、堂々としたバッハを演奏し、一方のグールドは軽く美しいタッチでメニューインに寄り添い、時に自己主張している。

この曲を聴くと、当時のことが本当にくっきりと思い出される。何も飾り気のない、ベッドと机が二つずつあるだけの寮のその部屋。なみなみと紅茶のそそがれたマグカップ。ひんやりとした空気。そして、その頃、考え、思っていたことども・・・。記憶をこのように鮮やかに浮かび上がらせる力が音楽にあることに改めて驚かされる。音楽は、我々の精神・こころのもっとも奥深いところに働きかけるためなのだろうか。


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