FC2ブログ

頌春 

昨夜、年越しそばを頂き、その前後で、無線でアメリカの友人たちとしばし歓談。夕方もそうだったが、昔懐かしい方と何人もお目にかかった。Dick W7AQKとはしばらくぶりの交信だったが、私の年末の挨拶に対して、心配してくださったのか、長い返信を下さり、これから何か社会で活動を続けるようにと親身になって仰ってくださった方だ。いつも明るく、ポジティブ、そして広やかな気遣いをなさる方で、米国国民の長所を体現したような方だ。ありがたかったことを丁寧に申し上げたつもりだったが、通じたかしらん。Bill W1YCとも1年以上の間を開けての交信だった。以前ベイエリアで仕事をしていた方で、かって、Bob W6CYXの仕事上の同僚だった。が、いったん退職、ネヴァダで自分の仕事を始めたが、経済が低迷してからうまくゆかなくなり、今年二度目の退職らしい。ベイエリアには家を残してあり、ネヴァダの家屋が高く売れたら、ベイエリアに戻りたいという希望の様子。78歳とは思えぬ、すばらしい記憶力、それにこころ遣い。CWも立派だった。Bob W6RGGとも2,3年ぶりだったろうか。1980年代にベイエリアを訪れた際に、W6DUのお宅でお目にかかった方。かっては、BS7Hのペディション等にでかけて活躍なさっていたが、最近は、ARRL太平洋地域の理事職で忙しい様子だ。最後の交信は、2、3年前頻繁に交信していた、Jay W5JQ。雪深いコロラドにまだ若いお嬢さん二人、奥様と住む、金鉱探査のエンジニア。以前と変わらず、御嬢さんが目覚めたようで、ミルクチョコレートを作ってあげなくてはといって無線を切り上げて行った。7メガは、凪いで、とても静かだった。

無線の合間に、テレビで第九演奏会を聴いた。ノリントンの指揮するN響。所謂ピリオド奏法である。刺激の少ない、音が自然に伸びる響きのようだ。この時期に第九を聴くのは、何か、「企図され作られた」企画に乗せられているようで、少し居心地の悪い感じがないでもなかったが、それでも演奏は熱演であり、ノリントンが微笑みながら、あたたかな指揮をしていたことで、聴いたのは間違いではなかった。市民社会の誕生を前にして、超越的な存在の前に、人間が友愛でつながることだと訴える、第九の意図に、聴くたびに感動させられる。あのドイツ式配置という楽器配置も初めてだったが、コントラバスが正面で頑張っていた。合唱も素晴らしい熱演。

で、早々に床に就いた。寝るときに聴いたのは、たまたまCDのあったブラームスの2番のチェロソナタ。雄渾な曲想をブラームスは企図したのだろうが、それでも彼らしい繊細な響きの聞こえてくるソナタだ。ペレーにの軽やかな演奏が聴かせる・・・。4時過ぎには眼覚めてしまった。新年だからといって取り立てて、特別な思いになることもない。私のような年齢になると、新年も同じ時の連続として感じることが普通のことになるのだろう。政治経済的にも、体力の面でも、少し落ち込むことが多い状況だが、また一歩一歩歩んでゆくことだろう。気負うことなく、できる範囲で。

新年の目標ではないが・・・今年、考えるべきことども。

家内自慢になるが、彼女の生き方で尊敬できるとかねがね思っていたのは、次の世代のことを考えることだ。次の世代に財産を残そうとかいう話ではない。ゴミを減らし、環境に良くないものを輩出しないようにし、といった類のことだ。政治経済・自然環境の問題を、トータルに考えて、少しでも良くなるように、絶望することなく、一つ一つの判断と行動につなげてゆきたい。基本的には、もうかってのような「経済的成長」は無理であること、経済的にさらに豊かになることを断念することから物事を考え、行動する必要があるのではないだろうか。際限のない「経済成長」を続けようとするから、「効率」を求め、「経済的な利益を追求し」その挙句「自然環境・社会環境」を破壊してゆく、というのが現在の社会の姿なのではないだろうか。富の偏在する不安定な社会を望まぬこと、それに自分の生き方を合わせることを考えてゆきたい。それが、次の世代へ、この地球と社会とを良い形で受け継いでもらうことになるのではなかろうか。

無線・・・ほどほどに(笑。

音楽・・・もう、聴く方がメインになるかな。

家事・庭仕事・・・頑張ろう。

パートの仕事・・・できるところまで頑張ろう。

海外旅行・・・その気力、経済力が残っているかが問題。あ、韓国のLee HL2DCは訪れなくては・・・。

頑張るとはいうものの、余分な力を抜いて、楽しみつつ生きてゆきたいものだ。

コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: はじめまして

Cさん

コメントをありがとうございました。高橋先生の縁でここをお訪ねくださったとは、驚いています。不肖の弟子どころか、落ちこぼれでしたので、先生について語る資格はありません。それでも、若い日に静かに学ぶ機会を与えられたことは幸いでした。こちらこそいろいろとご教授ください。良い一年を過ごされますように。

PS:それに、ボンヘッファーの言葉等で形容されると、穴があったら入りたくなります。でも、「抵抗と信従」を高橋先生主宰の読書会でじっくり学んだことを思い出します。(大きな声では言えませんが、誤訳の訂正のための会のような様子でしたが・・・。)

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://nuttycellist.blog77.fc2.com/tb.php/2788-7f9bd50e