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薬物の副作用による事故の責任を医療現場に丸投げしないでもらいたい 

薬の副作用で意識レベルに問題を生じたために、交通事故を起こしたと思われる事例が最近注目された。その結果、運転に支障をきたしうる薬物を投与する場合は、それを医師が患者に伝え、危険をきたす作業、自動車運転等に従事しないように話しをするように、行政上取り決められたようだ。万一、薬物が原因で、何らかの事故が起きた場合、患者と、場合によっては診察し処方した医師に責任が負わされることになる。

一見、もっともな行政の対応のように思えるが、現実には大きな問題をはらむ。例えば、精神科関連の薬物の大多数は、危険作業・自動車運転をしないようにとその能書に記されている精神科的な投薬を受けた場合、ほぼ例外なく、危険作業・自動車運転に従事できなくなってしまう。意識障害を生じうる程度が、薬物によって違うのではないか。また、他の薬物との併用、患者の個別的な生活条件等によっても、投薬禁忌の程度は変わるのではないだろうか。能書に危険作業・自動車運転不可と一律に記すのは、製薬企業の責任逃れなのではないだろうか

薬物の副作用が問題になると、当該薬物の能書に記されているか否かがしばしば問題にされる。能書には、生じる頻度は不明のものまで、ありとあらゆる副作用事象が記載されている。細かい字でびっしり書かれた副作用の羅列を読んでいると、その作業だけでも時間がとられるし、さらには副作用があまりに広範なために投薬を控えざるをえなくなることもあり得る・・・実際は、投薬の必要性を勘案して、リスクをとって投薬するわけだが。一般論としても、薬物の副作用についての記載が、実際の投与を念頭に置いたものとはかけ離れていることが多い。この精神科の薬物での意識障害の記載もその典型だ。医療現場に責任を丸投げするような、副作用情報は製薬企業の責任逃れ以外のなにものでもない

医療現場では、そうした薬物を処方する医師は時間をかけて、薬による意識障害の可能性を患者に説明する。医師は、患者が危険作業・自動車運転に従事しないことを願うのみだ。だが、現実問題として、一部の大都会を除いて、自動車運転は生活するうえで必須になってしまっている。患者が、その説明をうけたのに、自動車運転を行い続け万一事故を患者が起こした場合に、そうした説明を受けたか否か、はたまた、患者に理解しうるように医師が説明したかの不毛な議論が展開される可能性がある。場合によっては、医師の責任が問われることになる。これでは、正常な治療関係を、医師・患者間で結べなくなってしまう

行政は、何事か事故なり不都合が起きた場合、その責任をどこかに押し付けようとする。それを無造作に、医療現場で行うと、医療が成立しがたくなるわけだ。製薬企業・行政には、安易に医療現場に責任を押し付けるのではなく、よりきめ細かな薬物についての情報提供を行い、患者の日常生活への障害が最小限で済むように配慮すべきだ。さらに、事故が不幸にも起きた場合の責任の所在を医療現場に丸投げすることは、避けてもらいたいものだ

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