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しっかりした土台に立って 

過日、ネット上某所に、福島県の小児に3例の甲状腺がんが見つかったという報道に関しての記事があった。小児での甲状腺がんは、極めて頻度が低く、罹患率では100万人に一人程度になるらしい。なので、この福島での有病率は異常と言えるかもしれない。が、罹患率と有病率を比較し、年齢等も考慮しないのは、問題があるだろうと思った。この現象が、原発事故に伴う放射性ヨードの子供たちへの影響である可能性もあるとは思うが、そう結論付けることは科学的には不十分だというのが感想だった。政府・福島県は、適切な統計的検討を加え、事実を早急に明示すべきだ。一方、反原発の立場の市民運動も、科学的に処理さされていない数値だけを取り上げて、プロパガンダのように扱うのは、得策ではない。それでは、後で足をすくわれる可能性がある。

下記のMRICに載った社会システムデザイナーという方の文章には説得力がある。科学的、学問的に言えることとそうでないことを峻別し、さらに社会のなかのシステムとして原発問題を根本的にとらえている。何が分かって、何が分からないのか、をきちんと区別して、しっかりした土台に立って、議論してゆきたいものだ。原発問題は、まだ終わりどころか、始まったばかりなのだ。

福島県では、まだ15万人の方が避難しており、内5万人は県外で生活をされているらしい。そうした方々のご苦労を思うと、こうした事故は決して繰り返してはならないと今も痛切に感じる。忘れてはならない。あと一週間ほどで、二回目のあの日が巡ってくる。


以下、引用~~~


国会事故調で言う『人災』とは何か(その1/3)

社会システム・デザイナー
横山 禎徳

2013年3月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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この講演録は2012年11月7日に学士会館でおこなったマッキンゼーMBI(マルチナショナル・ビジネス・インスティチュート)の同窓会での講演を基に加筆修正したものである。最終的には「社会システム」の視点からの「原発システム」のデザインを目指しており、その途中経過である。今後も加筆、修正することがありうる。(2013.2.18)

《講演概要》
■国会事故調と『国会事故調報告書』について
「事故調」というのは、「政府事故調」、「国会事故調」、「民間事故調」、「東電事故調」があり、そして大前さんの「一人事故調」があります(笑)。それぞれの立場があると思いますが、「国会事故調」は国会に委託された作業であり、その先に国民がいる、ということです。
それで、「国会事故調」は他の「事故調」とどこが違うのかというと、「国会事故調法」という法律が特別に作られたことです。法律に則ってやり、法律に書いてあることしかできません。良い面と悪い面があります。その法律には、第12条に「請求権」というのがあり、資料の提出を要求することができ、当該要求を受けた者はそれに応じなければいけません。
また、第15条には「国政調査権」というのもあります。「国政調査権」は国会事故調が発動するのではなく、国会に行って国会が発動するもので、実際には「国政調査権」は使いませんでした。第12条の「請求権」はかなり使いました。東電の資料は、見なければいけないものはまず全部見たと思ってください。持ち出し厳禁の資料は、東電の部屋を借り、担当のチームが全部見ました。ビデオも全部見ています。
電事連(電気事業連合会)にも、「資料を出してくれ」と要求しましたが最初は拒否され、結構もめましたが、最終的にはこの「請求権」を行使して、原発に関係ない記録以外は全部出していただきました。
そういう意味では、かなりの資料を見ましたし、考えられる関係者にはほとんどインタビューしました。例えば東電でかなりの被曝をした社員が数名いましたが、彼らにもインタビューしました。
このように、最も幅広く、普通出さない資料も出してもらったということで、かなり網羅的に調査できたと思います。その結果が『国会事故調報告書』です。
『国会事故調報告書』は、委員長の黒川清さんの「はじめに」を含めて英語に全訳されたのですが、この「Preface」中に「この事故はJapanese Cultureだ」、「Made in Japanの事故である」と訳されました。彼の意志なのかどうなのか、"Japanese Culture"と"Made in Japan"という表現は日本語版にはありません。
私は作業が終わってアメリカにいたときアメリカ人と話しをしたら、「ちょっと自己憐憫がひど過ぎるんじゃないの?」、「何でそこまで言うの?」と言われました。ジェラルド・カーティスという日本にいるアメリカ人の政治学者がいますが、彼は「原因が日本のCultureだったら何も変えられないじゃないか。Cultureのせいにするな」と『Financial Times』で批判しています。
“Made in Japan”というのもおかしな話です。あるアメリカ人は「原発事故の原因を“Made in Japan”だと言うんだったら“Made in USA”も同じだよ。“Made in France”も多分同じだろうし、“Made in Korea”もそうじゃないの。皆、隠蔽体質なんだよ、この原発分野は」と言いました。だから、“Made in Japan”というのもあまりいい表現ではなかったと私は思います。
私は、「社会システム」の問題だと思います。つまり、文化は変えられないが「社会システム」 だったらそれを自国の文化に沿って作り直せばいいのです。何でそう言わないのかな、と私は思ったのですが、私の専門である「社会システム・デザイン」という考え方は他の委員には受け入れられないようなので、委員会で主張することはやめておきました。しかし、本日は「社会システム・デザイン」的な観点から原発の問題をお話しします。それはこの「国会事故調」、あるはその他の事故調の報告をうけて、今後、日本としてどういうステップで原発という課題を議論し、意思決定すべきかを考えることにつながると思うからです。

■はじめに
「国会事故調」の設置は「憲政史上初めての試み」であり、これが先例になって電力業界だけでなく、日本の政治と行政のシステムに新たな動きが出てくるきっかけになることを期待していました。黒川さんもそれを期待していたと思います。そういうことを通じて、日本のこれからの色々なものを決めていくやり方の変革のきっかけになれば、と期待しておりました。しかし、「国会事故調」の作業結果について議論が広く巻き起こらないまま、すでに風化が始まっています。
私は原発とはシステムとしてとらえるべきだと思います。「原発がシステムだ」ということは当たり前じゃないかと思われるかもしれませんがそうでもありません。みんなが思うような意味での単なる技術的システムというだけでなく、それを理論構築し、設計し、組み立て、運営する学者やエンジニア集団の経営管理システム、そのような人々を育成、訓練するシステム、そして、原子力分野の全体的枠組みを決める政治の政策決定システム、安全第一を最も重視した危機管理システム、重大事故対応システム、住民避難システム、住民健康管理システム、それらを支える法体系というシステムなど、あらゆるシステムの組み合わせなのです。その多くは人的システムです。その人的システムに問題、もっと言えば欠陥があった。そういう視点から国会事故調は今回の事故を「人災」だとしたわけです。少なくとも私はそう考えています。
だから、例えば、「原子炉が地震で壊れたかどうか」ということだけ、言い換えれば、ハードウェアに必要以上にこだわった議論は、極めておかしいと思います。地震で「全交流電源喪失」したということになり、残っているのは全く多様性のない並列配置の非常用電源一系統に頼るしかなくなるようなデザインであったということ自体、あの原発は先ほどのべたような意味での「システム」としてもう駄目だった、ということなのだと思います。これは「原発システム」のシステム欠陥としてとらえるべきなのです。
他にも色々な欠陥がありましたが、全てGEの設計のせいにする訳にはいかないと思います。原発完成後も、新た技術的知見を基に、日本の状況に合わせて改善、改良する時間は約40年と十分あったのですから。そのような意思決定をする「システム」が機能していなかったということです。
過去見てきたような部分的対応では不十分であり、先ほどのべたような定義での「システム」全体としての対応が必要です。このような状況を徹底的検証することなく放置すれば、これまでの「原発システム」という、時代に合わないだけでなく、多くの欠陥も含んでいる日本の「社会システム」に何の変化も起こらないまま、この「憲政史上初めて」の試みは風化し、消滅しかねません。
そういう状況を避けるために、今回の「国会事故調」としての結論を変えるというのでは全くないのですが、「社会システム・デザイナー」として、『国会事故調報告書』を「社会システム・デザイン」的視点から組み立て直し、今ここでやる気になればちゃんと改善できる、日本の「社会システム」的課題として改めて提示することはできないかと考えています。
まずその前に、私の考える「社会システム」及び長年開発してきた「社会システム・デザイン」のアプローチとは何かについて簡単に説明しておきます。世間では「社会システム」という表現が、定義のあまりはっきりしていないまま結構使われていますし、まして、それがデザイン可能とも思われていないようなので、ここで私の通常使っている定義をしておきます。
「医療産業」と「医療システム」は違いますね。「医療産業」というと、銀行や保険会社は入りません。まして建設会社も運輸会社も入りません。IBMもマイクロソフトもグーグルも入りませんが、「医療システム」というと全部入ります。ですから、産業間の「横通し」、すなわち、伝統的な「産業」という縦割り、縦糸に対する横糸というのが「システム」ということです。何のために「横通し」するのかというと、「消費者、生活者に対して価値を創造し、提供する」ためにやる。それが私の定義する「社会システム」です。
そのように定義すると、それはデザインすることが可能です。ここでは詳しくは述べませんが、デザインの方法論も長年開発してきました。その方法論を簡単に説明すると、
1.対象分野に内在する「悪循環」を発見して定義する
2.その状況を変える「良循環」を「悪循環」の裏返しでなく、新たに発明・創造する
3.それを「駆動」するサブシステムを複数抽出する
4.サブシステムをアクション・ステップに分解する
5.サブシステムを複数層に分け、具体的に細かく記述する
という5つのステップからなるアプローチを使います。そういう視点から、私は、「国会事故調」での自分の持ち分の作業をしました。
私が崎山委員と共同でやってくれと言われたのは被災者のところです。被災者の問題については被ばく、除染、健康管理、食品汚染など短期、中期、長期のありとあらゆるテーマをカバーしました。その中で、事故発生直後は被災者にとって情報入手が大きな問題でした。
「通信回線が断絶した」、「情報が繋がらなかった」などから、「政府がこういう情報をタイミングよく提供しないままだった」、「県庁が混乱し、情報提供できるような状況になかった」というような話までたくさんありました。私はそれらの表現を「危機的な状況の時、どうするか、どちらに避難するかの行動判断のための情報がすぐに欲しかったが、県からも国からも手に入れることができなかった」というように私の担当部分はチーム・メンバーに頼んで全部書き直しました。
要するに、被災者の側からの等身大の視点で「何々が欲しいのに、それが手に入らなかった」という表現に変えたのです。「政府が提供しなかった」のではなく、「政府から手に入れることが出来なかった」というふうに、被災者にとってどう見えたのかという被災者視点にこだわっています。641ページの報告書を最後までお読みいただければ分かるのですが、多分お読みになることもないと思います(笑)。「そういうふうに書いてあるよ」ということを知っていただきたいと思います。

■国民の関心事について
まず、多くの国民が関心ある問題について、考えを述べておきます。それは、「放射能ってどういうことなの?どんなに怖いの?」ということと、「今の原発は大丈夫なの?」という二つの問題についてです。
“放射能”というのは放射線を物質が出すパワーのことですが、放射線というのは物質から出るので、衣服などについたその物質をパッパッパッパッと払ってやると衣服からは放射能は無くなってしまいます。何となくフワーッと空気中に放射能があるのではなく、特定の物質から放射線は出ているのです。

◎放射線汚染による人体の影響
放射線汚染による人体の影響は100mSv以下の場合、確率の問題であり、個人差があります。というか、あると考えられています。というのは100mSv以下の信頼できる被ばくの人体への影響データが無いからです。これがこの分野の極めて難しい問題なのです。
スリーマイル・アイランドの事故で、転んで怪我したような人はたくさんいるのでしょうが、少なくとも放射線の影響で死んだ人はいないのです。だから直接放射線の影響を受けたことによる因果関係が分かる統計データが無いのです。
チェルノブイリは、後で図をお見せしますが、巨大な規模の事故でした。だからフランスまで放射性物質は拡散したのですが、チェルノブイリの色々なデータは統計的に信用できないところがあるのです。統計学というのは専門性のある分野ですので、きちんとやらないと統計的信頼性が無いのです。
事故があったのは1986年で、ソ連邦の崩壊時期でした。しかも場所はウクライナとベラルーシの国境辺りなのです。被害は二つの国にまたがっています。従って色々なデータがしっかりとした形で取れていなかったようです。データを取っていたのは統計学的には素人です。その多くはお医者さんです。お医者さんは真面目に危機感を持って色々なデータを取っていて、「こういう影響があるぞ」ということを示す資料はたくさんあります。
私はチェルノブイリまで行き、現地のお医者さんにインタビューもし、議論もしました。そこで私は何度も「これはどういうデータ・ソースなのか。貴方たちが集めたのだったら、どうやって、どういうサンプルでデータを取ったのか」と聞いても、明快に答えられないのです。だから、間違っているとは言えないが、IAEA(国際原子力機関)がオフィシャルに使うという訳にいかないのです。従って、そういう意味での信頼できるデータが無いのです。
そういうことだとすると、今どのデータを使っているかご存知ですか?原爆を投下された広島と長崎のデータです。放射線の影響で多くの人が死んだのは広島と長崎だけだからです。チェルノブイリでもかなりの数の人が死に、また、健康被害を受けましたが、今述べたように、信頼できるデータがありません。広島と長崎ではABCC(原爆傷害調査委員会)がデータを取っていました。全部は公表されていませんが、アメリカによって設置され、のちに日本も参加した公的機関がきちんとデータを取っていたのです。そういうことなので、原爆と原発では状況が違うなど議論が分かれる部分が結構あるのです。
先ほど話したように、100mSv以下というのは、確実なデータがない状況ですが、基本的に放射線の閾値はなく、これ以下であれば人体に影響がないということはいえないというのが一般的理解です。従って、みんなが期待するような「これ以下だったら安全」という基準はだれも作れないのです。
「がんが発生するのでは」とよく言われますが、がんの発生確率は100mSv被ばくして30年後くらいに0.5%であるとされています。一方、日本人の癌死亡率は1000人に対し300人だから、それが305人になる、ということです。30年という長期だとその人の生活習慣からくる影響もあるでしょう。放射線の直接的影響かどうかは分かりにくくなります。100mSv以下の被ばくによる放射線被害の問題の深刻さは個々人の判断によります。

私は昭和17年広島市生まれだから原爆手帳を持っています。しかし、個人的には特に影響を感じていません。しかし、私の周りにはつらい話はたくさんあります。どのくらい放射線汚染が人体に影響を与えるかは、なかなか言い難いのです。個人差があるというのが一番大きな問題です。男女だと女性の方がなぜか影響されます。そして当然、若者、子供はやっぱり危ないのです。
それから遺伝的に放射能感受性が高い人が100人に1人程度いるのです。ある種の遺伝子欠陥で影響を受けやすい人がいます。こういうことがあるというのがどうして分かったかというと、やはり広島と長崎のデータ分析からです。100人に1人、そういう人がいるとすると、福島県30万人のうち3000人くらい、あるいは30万人全部対象にしていいのかどうかわかりませんから、1000人くらいかもしれませんが、それでも結構な数の放射線に過敏な人がいると考えられます。
ということは、放射線の問題は個別対応が必要なのです。「ここはみんな入っちゃいけませんよ」というのは初期段階の話で、段々と個別対応に移行する。すなわち、「この人はどういう人か」によって違う対応をしていかなければいけないのですが、ちゃんとやっていません。政府がそういうことを被災地域の住民全員に対して長期的、継続的にやると決断し、動いているという話をきいたこともありません。

今後は体外被ばくの問題より、食事を通じての体内被曝の問題が長期にわたって存在します。これはチェルノブイリの経験で言えることです。チェルノブイリの周りは25年経った今でも放射線汚染は結構あります。体内被曝に何が影響しているかというと、ウクライナ、ベラルーシの辺りではキノコです。森林の土壌汚染の結果です。ロシア人はキノコが大好きですから、色々なキノコの料理があります。山に行けばタダで採れますから、安直なので食べます。「私はこんな齢だからもういいわ」みたいなお婆さんが食べるので、体内被曝が結構あります。ということは、今後、日本も同じように森林で取れた作物、特にキノコに影響されるということはあり得ます。
しかし、どう言う食物が体内被曝になるのかならないのか、皆さんの中で「この程度は大丈夫だ」という判断基準はありますか?国が「何mSv以下は安全」とし、それに応じて検査しているので、その基準を守った食品であればいいと思いますか?国は個別対応をしてくれないので、やはり、個々人が体内被曝に関する知識を持つべきです
魚は、小魚を大きな魚が食べるという食物連鎖で大きな魚に放射能が溜まっていくのではないかと思われるかもしれませんが、それは違います。何故かというと、セシウムというのは、周期律表で見ると、カリウム、ナトリウムと同じ系列なのです。従って、海水だと浸透圧の関係でセシウムは魚の体から出ていくようですが、川魚のほうはセシウムが蓄積するかもしれないと言われています。だから海魚は食べても大丈夫なのです。

一番難しいのは森林です。これは困った問題で、除染が出来ません。チェルノブイリ周辺も除染をしていません。やってもしょうがないからです。だから、ベラルーシのある州にはほとんど住めません。彼らが一番心配しているのは、山火事です。放射性物質というのはバイ菌ではないので、当たり前のことですが、熱では死なないのです。だから、山火事で木が燃えて煙がでると、放射性物質が拡散するので、大変怖いのです。風でも広がります。
それから汚染した葉っぱが地表に落ちると、土壌汚染が始まりますが、25年で15センチくらいしか土中に浸みこみません。だから地下水が汚染し広がるというのは案外ないのです。日本もないだろうと言われています。しかし、汚染が広がらないまでも近くの木々が汚染水を吸い上げていって、5年後くらいからあの辺の木の汚染が始まるだろうと言われています。だから一番の対策は、今森林を切って埋めるというのがいいのですが、そのような決断が出来る組織、というより、人がいません。
また、避難対策とその伝達も大きな問題でした。多くの被災者は的確な情報も手に入らないままもろもろの理由から避難所を転々としました。図1( http://expres.umin.jp/mric/mric.vol62.pptx )を見ていただくと、浪江町、双葉町、楢葉町というのは原発のある町なのですが、震災後の1年間にこれらの町の6割の人は4回以上避難所を変わっています。これは結構しんどいことで、その間に亡くなった方は結構あります。

一番ひどかったのは、双葉病院に100人ほど寝たきりで、24時間点滴受けなけている人たちが、取り残されたことです。そこには、自衛隊と警察しか入れず、消防は入っちゃいけない。ということは救急車や消防車が入れない。だから通常のバスで搬送したのですが、どういう理由か、すぐには目的地のあるいわき市のある南に向かわず、まず北に行って、西に向かい、その後、南下し、最後に東に行くというように大回りして230キロ走り、やっといわき市にセンターにたどり着いたわけです。その間に60人くらいの人たちがお亡くなりになりました。

◎100mSvを超えた人はいないと認識
東電関係者数人を除くと、福島第一原発事故での直接被ばくで100mSvを超えた人はいないのではないかと思われています。事故直後にきちんと測定していないので詳しく分からないのは大いに問題です。特に、半減期が8日と短い放射性ヨウ素をどのくらい浴びたかはよく分からないのです。だがセシウムCs134やセシウム137は、100mSvを超えていないというのが関係者の理解です。

◎耐震基準と「バックフィット」「ストレス・テスト」
日本が原発を多く作り始めたのは1970年代ですが、その当時、原発用耐震基準はありませんでした。耐震基準が出来たのは1981年です。1981年というのは建築基準法の耐震基準を変えた年でもあります。建築分野でこの成果はすごく、1981年以前の基準とそれ以降の基準とでは、地震によって崩壊する建物の数が大きく違いがでています。ですから1981年の建築基準法の新耐震基準は明らかに効果があったと思います。
原発に関しても耐震基準が1981年に出来て、2006年に改訂されています。当然、改訂された耐震基準に照らし合わせて、今まで出来ている50幾つの原発を全てチェックし、新しい耐震基準に合っていることを確認しなければいけません
そのチェックをすることを、日本語英語ですが、「バックチェック」と言います。そして問題が見つかればきちんと対策を打つことを「バックフィット」と言います。「バックフィット」という英語は無かったのですが(英語では“retrofit”)、日本が「バックフィット、バックフィット」と言うので、世界的に「バックフィット」(backfit)で通ることになりました(笑)。
しかし、この2006年に改定された新耐震基準に照らし、バックフィットするのが本来の手順ですが、実施されていませんでした。東電はバックフィットの予算、約800億円を取っていましたが、達成時期の先延ばしをし、福島第一の原発事故までに約6億円しか使っていませんでした。要するにちゃんとバックフィットしていなかったのです。
「バックフィットがされていない」とは最新の耐震基準に沿った改善がされていないということであり、建築で言う「既存不適格」な施設なのです。いま議論されている活断層の有無には関係ありません。大型の地震が来た場合、十分な耐震性がないかもしれないのです。
にもかかわらず、バックフィットをきちっとやるということに電力会社の関係者は皆逡巡しているようです。実際にやり始めてみると、すべての対策をちゃんとは出来ないということが分かり、しかし、既存不適格のまま置いておくわけにはいかないので、結局は廃炉の決断をしないといけなくなるからやらないのではないでしょうか。多くの原発はこのバックフットをやっていないので、厳密な意味では十分な耐震性が無いかも知れないこともあまり議論されません
一番驚いたのは、電力会社で一般的にいう「原発のリスク」とは事故のリスクではなく、諸々の理由で稼働率が下がることをいうのであり、原子炉を止めてバックフィットをやるだけの?リスクを取る」インセンティブが存在しないことです。
そこへ欧州の「ストレス・テスト」が持ち込まれたのです。では、欧州が作ったストレス・テストと日本の改訂版耐震基準とはどういう関係になるのか。耐震の項目はありますが、関係ある訳はないのです。ストレス・テストは欧州で作ったものですから。だから何はともあれ、日本の2006年に改訂された耐震基準にまず合っていることが前提なのです。そのうえで、念のためというのがストレス・テストなのです
当時、菅首相はそういう背景を説明せず、突如ストレス・テストを持ち込み、それを通れば再稼働していい、と言ったのです。それで、日本の改定版耐震基準と整合性などの問題で混乱が生じています。いや、いるはずですが、そういう議論はされません。
また、大飯原発再稼働は事故後、保安院の決めた技術的知見30項目のうち15目のチェックだけで、原子力科学や技術のリテラシーがあるとは思えない野田総理大臣以下数人の大臣で最終判断し、決定しました。「バックフィットをちゃんとやらなければ原発は既存不適格なんだよ」と私は言いたいけれど、「技術的知見を通ればいいじゃないか」ということになってしまいました。しかも、全項目でなくてもいいというのは誰が考えてもおかしいはずです

◎チェルノブイリとの比較
福島の汚染規模はチェルノブイリに比べればかなり小さいのですが、除染の難しさは同じです
図2( http://expres.umin.jp/mric/mric.vol62.pptx )は福島とチェルノブイリの関係です。これを見ると、チェルノブイリはいかに巨大な汚染かが分かります。これはチェルノブイリの25年後の汚染地図ですが、汚染度合いはほとんど変わってないのです。彼らの現在の生活は、要するに「放射能と一緒に生きる」です。チェルノブイリに行きましたが、線量計が結構な数字をしめしていても皆、平気です。そのような場所の建物の中で長々とお昼をご馳走になりました。
近くには石棺してある4号炉が見えます。説明してくれた責任者に「どういう生活なの」と聞くと、「このレベルまで累積被ばく量が溜まったので、今年の後半はキエフで生活して」という指示をだすのだそうです。
それから「ミルクは飲まないけどバターはいいんだ」ということです。先ほど話したようにセシウムは水溶性で油には溶けないので、汚染している牛乳をバターにすると、セシウムを含まない、すなわち、汚染が除かれる訳です。それから「粉ミルクにして半減期の30年置いといたらいいんじゃないの」といって置いてあるとか。彼らは与えられた現実にしぶとく対応しています。
もっとしぶといのは、四つ炉があった内、一つが爆発したのだが、すぐに敷地内を除染して、6カ月後から2000年初頭まで後の三つの原子炉を運転していたことです。凄い国ですよ。

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