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病院は、社会的なインフラ 

福島県のある老人病院で震災時に患者を置き去りにしたという誤報が流され、その病院スタッフがマスコミに叩かれた。その後、その誤報の原因が、行政の瑕疵と、さらにマスコミのバイアスであることが判明した。が、その後きちんと訂正・謝罪報道がなされた様子がない。

医療機関は存在し続け医療を行い続けるのが当然であり、自然災害等でも医療従事者は自己の危険を顧みず医療活動を続けるのが当然だという、社会的な暗黙の合意があるかのようだ。この考えは間違っている。医療機関は災害に特段強いわけではなく、そこで仕事をする医療従事者も、普通の社会人である。それが、社会にとって都合よく、医療機関は災害には強く、医療従事者は社会のために自らを犠牲にするのが当たり前だとする風潮があるのだ。それは是非改めなければならない。そうしないと、災害のときに、国民自身が医療を受けられぬことになる。

さらに、医療機関が持つ社会的機能が守られるべきなのは災害だけではない。医療をただ利益追求の草刈り場にしようという、市場原理主義からも守られるべきだ。そうしないと、医療が国民の手の届かぬものになる。医療を市場原理に任せて、効率と利潤を最高にすべきだという主張は、医療の成立根拠を根底から危うくする。


以下、引用~~~




倫敦通信(第6回)~病院:ネグレクトされる社会インフラ

星槎大学客員研究員
インペリアルカレッジ・ロンドン公衆衛生大学院客員研究員
越智 小枝(おち さえ)

2013年3月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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2か月間お世話になりました相馬中央病院を離れ、現在ジュネーブにあります世界保健機関(WHO)本部で、4か月のインターンとして研修させていただいています。

きっかけは、ロンドンでお世話になっているVirginia Murray教授が突然、
「私今からWHOに行ってくるけど、あなたインターンやってみる?」
と言い出したことにあります。数日後帰ってきたときには本当に話が決まっていた、という冗談のような話ですが、運と縁と恩は大事にしていきたいと思った一件でした。

WHO本部は物理的にも社会的にも、現場から最も遠い医療機関です。しかし面白いのは、ここのスタッフが常に
「ジュネーブで現場を議論してもしょうがないよ。」
と言っていること。彼らもまた、現場からの距離感にもどかしさを感じているようです。なるほど、現場→役所だけでなく役所→現場という情報においても、数値化・公文書化される中で色々なものが失われてしまうのだな、と感じました。以下はその1例としての雑感です。

私がインターンをさせていただいているのはEmergency Risk Management(災害危機管理部門)という所で、勤務内容は主に5月に行われる国際プラットホーム(1)の準備のお手伝いです。その中で、「Hospitals Safe from Disasters(災害に強い病院を)」(2)というものに主に参加しています。

このプロジェクトの理念について簡単に説明させていただくと、
・災害時、医療は災害対応の中心に据えられるべきである
・全ての災害医療の中心は被災地にある医療機関を中心に行われるべきである
・そのためには被災するリスクのある全ての医療機関は災害から守られている必要がある
というものです。

並べてみると当然のようですが、この活動はあまりメジャーではなく、意外なことに日本とのつながりも殆どないようです。その理由として、この2週間で少し分かってきたことがあります。
1.WHOなど医療の分野では、災害はマイナー分野であること。
2.逆に世界の災害専門機関、例えば国際防災戦略(ISDR)などにおいて、医療はあまり重要視されていないこと。
3.災害医療の関係者の間では、病院機能を保つことは、ほとんど話題にのぼらないこと。
4.特に日本では、災害対策は万全なので世界と比較しても仕方ないと思われていること。

例えば2005年にISDRが出したHyogo Framework for Actionという災害対策のフレームワーク(3)では、医療・病院に関してはほんの数行しか述べられていません。また他の機関では、「災害の時には病院なんかより子供たちのいる学校を守る方が大事じゃないか」という意見の方もいらっしゃいますし、逆に安全な病院、というと病院という建物の耐震構造のみを語るエンジニアもいらっしゃいます。

今の上司のジョナサン・アブラハム氏は、こういう議論の後には
「病院がなかったら子供だって救えないんだ!」
と、かなり大きな独り言をつぶやいています。(飲み屋でグチる日本人との文化の違いを感じます。)
彼はまた、
「学校が『学校』という建物ではなく『教育の機会』を指すのと同じで、病院は建物でも病気の為の場所でもなくて『社会に健康を提供する機会』なんだ」
ということを熱く語っています。

しかしこのように、病院を社会のインフラとして見る方はあまりいないようです。例えばですが、日本が国としてこのようなプロジェクトに力を入れるには、
1)世論が高まる 
2)有力者からの働きかけがある 
3)使わなくてはいけないお金が余っている(あまりあり得ませんが) 
のどれかの条件が必要なようですが、病院の災害対策というのは、社会の関心も低ければアカデミア・医療関係者からの要望も低い部分なので、国として力を入れるには魅力のない分野なのでは、という意見も伺いました。

しかし例えばですが、ある災害で50人の村につながる橋が落ちたとします。すると、「全国の橋の耐震構造を強化しなければ」という世論は比較的容易に広まるでしょう。しかし、震災時に50床の病院の1つが閉鎖した時に、何故「全国の病院の災害対策を強化しなければ」という運動にはつながりにくいのでしょうか。

実際に東日本大震災では、被災3件の380の病院のうち300がダメージを受け、11件が全壊、84の病院が震災直後に機能を停止しました(4)。更に復興庁の調査では、災害関連死と認定された1,950例のうち、「病院機能停止による既往症の増悪」は283件、その他の初期治療の遅れを合わせると300人以上の方が、医療機関へかかれなかったことにより亡くなっているのです(5)。未曾有の震災であったから仕方ない、と言ってしまうには大きい数字ではないかと考えます。

先ほど触れました、「病院は社会のインフラである」という言葉は、実は相馬市長が言われていたものをそのまま流用させていただいたのですが、正鵠を射た言葉だと思います。電気や水が断たれるのと同様、医療が断たれることは大勢の死につながります。それは何も「病人」という特殊な人間にとっての問題ではなく、持病がある方や風邪を引いた方のような、「一般の」方々にとっても深刻な問題なのです。この当たり前のことが世間ではあまりに認識されていないと思います。

更に医療関係者の間でも、「災害医療」とそれを支える「病院」とを関連づけて考えていない場合もあります。そして、これが重要なことですが、この病院という一括りの単位の中には、病院スタッフと患者、という要素が組み込まれていること。これはほとんどの場合意識されていません。

病院スタッフが災害時に最後まで現場に留まる事を、社会は無意識に要求しています。今回の震災では病院関係者が時に英雄に、時に罪人に仕立て上げられました。しかし病院は他の会社と同じく複雑な集合体であり、個人の頑張りでは支えられない、あるいは支えてはいけない組織です。例えば医療事務・厨房・安全点検管理・清掃・リネン・在庫管理・救急車両の運用・物流etc.、突き詰めれば社会の機能そのものが病院機能に直結しています。そして災害弱者である患者さんを大勢抱えている病院という組織は、どの部門が欠けても、長期に機能を保つこと、ましてや災害後に増加した患者さんに対応することは不可能です。先ほどの例えになりますが、橋が崩れかけた時、橋を作ったスタッフが命を懸けて橋を支えるなどということはありません。むしろ個人がそんなことをしようとすれば笑われるだけでしょう。これを病院に当てはめると、私の申し上げたいことがお分かりいただけると思います。

それでも、病院は復興・支援の優先順位の上位にはこないだろう、というのも事実です。個人的な意見を言えば、医療や病院がコミュニティを差し置いて「単独で」優先事項の上位に立つ、ということには反対です。しかし、復興活動や支援活動、教育活動の全ての活動はどこかで必ず医療というシステムにつながっていて、その足元には道路と同じように、健康へとつながるインフラとして医療機関やそのスタッフがいるということ。このことを、健康な全ての人に認識していただければいいな、というのが、WHO勤務2週目の感想です。

参考文献
(1) http://www.preventionweb.net/globalplatform/2013/
(2) http://www.who.int/hac/techguidance/safehospitals/en/index.html
(3) http://www.unisdr.org/we/coordinate/hfa
(4) http://www5.cao.go.jp/npc/shiryou/goudou/pdf/3.pdf
(5) http://www.reconstruction.go.jp/topics/240821_higashinihondaishinsainiokerushinsaikanrenshinikansuruhoukoku.pdf

略歴:越智小枝(おち さえ)
星槎大学客員研究員、インペリアルカレッジ・ロンドン公衆衛生大学院客員研究員。1999年東京医科歯科大学医学部医学科卒業。国保旭中央病院で研修後、2002年東京医科歯科大学膠原病・リウマチ内科入局。医学博士を取得後、2007年より東京都立墨東病院リウマチ膠原病科医院・医長を経て、2011年10月インペリアルカレッジ・ロンドン公衆衛生大学院に入学、2012年9月卒業・MPH取得後、現職。リウマチ専門医、日本体育協会認定スポーツ医。剣道6段、元・剣道世界大会強化合宿帯同医・三菱武道大会救護医。留学の決まった直後に東日本大震災に遭い、現在は日本の被災地を度々訪問しつつ英国の災害研究部門との橋渡しを目指し活動を行っている。

コメント

災害医療等のあり方

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001k7mv.html
厚生官僚の論理としては、拠点病院+DMATなのでしょうが、そう想定どおりに行くのかという疑問もあります。
以下、第1回議事録から。
○横山参考人 気仙沼市立病院の外科の横山です。
津波によって流れてきたタンクローリー車。
本当に偶然ですが、それから重油を抜き取って、みんなでバケツリレーで運ぶのです。
本当に桃太郎の桃のように、津波に乗ってドンブラコ、ドンブラコとタンクローリー車が病院のすぐ近くまで運ばれてきて、非常にラッキーでした。
震災のときにいた残った職員で変則的なシフトを組んで、3日も4日もずっと病院に張り詰めたままで仕事をしているわけです。
家族が生きているか死んでいるかさえもわからないのです。
連絡をとれませんから、寝る間も忘れて災害医療を支え続けてきました。
家族や家屋をなくした職員が100名以上いました。
時間の経過とともに、もちろん疲労の色が濃く現れてくるのです。
1週間くらいするとハイになるか鬱になるか、どちらかなのです。
大爆発して、病棟の中でワーッと泣き叫ぶか、あるいは声を掛けても全然何も反応がない。
みんな多忙な業務で不安や悲しみを紛らわすように仕事をしているのです。
もはや医療従事者であるという使命感や忍耐だけで、職務を全うすることができない極限まで追い込まれていました。

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