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CW符号の心地よさについて 

現在、cw freaksというMLで、バグキーや縦振れの送信が、なぜ心地よいかという壮大な(笑)テーマの議論が始まっている。ある送信者がバグキーで打つ符号を短点・長点別に度数分布を提示するところまで話が進んでいる。

ヒストグラムを描くだけでは、本質的なところに肉薄できないのではないか、と私は思っている。ヒストグラムで分かることは、長点が短長点比が1:3よりも大きいということと、長点のばらつきがある、ということ程度しか分からないからだ。

このテーマに関わることがらを列挙すると

〇「心地よさ」を科学的に定量化する方法は何か?・・・これは、聴取者を多数集めて、統計的に処理する以外にあるまい。認識は複雑な過程であり、個体差もある。CWという単純な聴覚刺激であっても、「心地よさ」そのものを科学的に述べることは難しい。

〇バグキーの場合、短点の速度を決めると、短点を構成するスペースは、バグキーのセッティングで自動的に決まる。とすると、残るは、1)長点の長さ 2)長点(と短点)の間のスペース が検討の対象になる。それに、3)語間 4)単語間のスペースも検討すべきだろう。

〇特に変化の大きいのは1)と4)である。両者ともに、「ゆらぎ」の問題としてとらえることが一つのアプローチだろう。だが、ゆらぎは、いわば確率的な事象として現象をとらえる視点にすぎない。例えば、特定符号のなかでの長点の順序と長さのばらつき(というか一定に繰り返される規則性)の問題等は、捨象押されてしまう。そうした個別的な特徴をどのように把握するのか。

で、私の思い込みを定性的に表明すると

バグキーの送信における個性が、聴くうえで心地よさを生んでいることは間違いがない。その個性は、送信者がn人いれば、n通りあるように、極めて多様性に富む。「心地よさ」という感覚・認識の問題の複雑性と、この多様な個性を、科学的な言葉で語ることができるのか、私はどちらかというと懐疑的だ。(ただ、CWのような極めて単純な刺激が、良い認識論的な研究対象になることは言えるだろう。)

では、その個性の持つ意味は何か。恐らく、生体の現象と何らかの関わりがあるのかもしれない。例えば、心拍のゆらぎ等だ。その関係はよく分からない。生体は、ゆらぐことによって、環境としなやかに、うまく調和している。そうしたことが背後にあるような気がする。

個性的であることは、予測不可能であることを意味する。予測不可能であることは、自由さの別な側面だ。CWという組織化された通信手段のなかで、送出者の自由さの表出が、この「心地よさ」の源の一つなのではないだろうか。

以上、思い込みと、思いつきで記してみた。フーリエ級数展開やら、パワースペクトラム分析で、定量的に語れれば一番良いのだろうが、果たして・・・。

コメント

「心地よさ」を科学的に定量化する方法は何か?→ 通信では(ITU)電話の通話品質をあらあわすのに平均オピニオン評価法を用いています。電話の場合、聞く人により評価が異なるので複数の人にある条件下で実際に内容を聞いてもらい5段階で評価します。人数は24名程度です。評価はExcellent,Good,Fair,Poor, Badの5つです。周波数特性、歪率、SNやダイナミックレンジなど定量的な測定はもちろんありますが、人間が聞いて内容が良く理解できること、つまり聴覚的心理的な要素を含めた品質が電話システムでは重要なのでオピニオン評価をやるわけです。CWの聞いて感じる心地よさも同じ様にすれば評価できると思います。実際の無線の世界ではQRN、QSBやQRMなどまた受信機のAGC特性など受信した符号を劣化させる要因もあり、また聞く人がバクキーで打たれた文章の内容を知っているか否かでも評価が異なる可能性があると思います。評価は同じ様に5段階でしょうか?

問題は、CWさらに英語というスキルが必要なこと、さらに「心地よさ」という主観性丸出しの評価をどのように客観的に表すかということでしょうかね。電話の通話品質評価とは違うような気がします。

聞く人のCW受信能力、経験、言葉のレベル、受信環境、その日の気分等々の測定困難な要素があるので、あの人のトンツーは聞きやすい、何を言っているのか分からない、などながあり答えは”評判”程度ではないでしょうか? 仮に心地よい符号があったとしても果たしてそのとおり打てるか? デジタル通信では符号誤りやジッタの規格、音声通信ではSN何デシ以上であれば良とするなどがありますが。

心地よいCW

CWにおける「心地よさ」については以前にも少し論議しましたが、「ある」「なし」でいけば個人的には「おおいにある」と思っています。

ただ、本議題では科学的な分析にトライしようとされているのにいささか「定性的」な話で申し訳ないのですが・・?

私の場合欧文のレベルはいささか低すぎて議論できるレベルには無く、あくまでもそこそこ出きる(と思っている)和文の場合で思うに、
「心地よさ」=「聞きやすさ!」に近いのではと思います。

また「心地よさ=聞きやすさ!」は極めて個人の感覚に左右されるわけで、「正解」と言うものはないのでしょうね?
でも、そこそこのレベルの人が聞く場合、「心地よさ!」は多くの人が共通して感じる事だと思います。

私の場合「心地よさ=聞きやすさ!」で最も重要だと思うのは
・CW符号の正確さだと思います。
訂正の多い符号は、聞いていて疲れます。(=心地よくない!)
訂正が少ないと言う事は、その人の(打鍵)技術の高低・送信スピードにマッチした打ち方・電鍵の選び方・・等が関係するのではと思います。
(明らかに、その人のレベルを超えたスピードで打つ人がいますよね?

それとShinさんもご指摘の
・適切な語間のあけ方
符号間の不適切な間隔は論外ですが、語間の適切な取り方や適切な文章の区切り方は、聞いている時の心地よさにおおいに影響するとおもいます。

他に「話の内容=文章表現」「長・短点の比率」等々「心地よさ=聞きやすさ!」に影響しそうな事は他にも色々あると思います。

ピントがズレた意見になったかと思いますが、聞いていて「心地よさ=聞きやすさ!」であるCW信号を送出できるように努力したいものだと思っています。

Re: 心地よいCW

「心地よさ」=「聞きやすさ!」=「正確な符号」という方は、多いでしょうね。私の考えるというか、感じる「心地よさ」は、それと多少かぶりますが、ポイントは少しずれているようにも思います。最初の三つの条件を前提として、その上に築かれた何か、というべきでしょうか。私個人の思い入れと、今は亡き友人たちの思い出とがまぜこぜになっているのかもしれません。

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