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政治家の靖国神社参拝について 

政治家・閣僚の靖国神社参拝が、国内外に波紋を広げている。私は、靖国神社に政治家が参拝することには反対だ。

第二次世界大戦で戦没した兵士に哀悼の気持ちを抱くこと、彼らがによって現在の国の基礎が築かれたことに感謝することは人後に落ちぬつもりだ。

だが、それを靖国神社を参拝することで表すことには反対である。

その理由は、靖国神社は、明治時代に戦没兵士を祀るために建立されたもので、その後兵士を戦場に送り込む一つの政治的な装置として機能してきたからだ。第二次世界大戦以前、国体思想とあいまって、靖国神社が、アジア諸国への侵略を推進してきた。そのような疑似宗教組織に、国民の代表として政治家が参拝することは、あの敗戦を経たわが国では許されぬことだ。

靖国神社は、終戦直後、自ら生き延びるために、神社およびその周囲を、歓楽街にすることを、GHQに進言している。そのような自己中心的な組織に、戦没兵士を祀るための倫理はない。第二次世界大戦中、多くの兵士は、戦死ではなく、兵站の不足によって飢餓や病気で亡くなった。そのような兵士が、国策による疑似宗教組織である靖国神社に祀られることを良しとするだろうか。私にはそうは思えない。

さらに、靖国神社は、戦没兵士・その家族の意向に関係なく、合祀している。合祀に否を言う方々が、訴訟を起こしきた歴史がある。合祀に際しては、行政が戦没者の名簿を勝手に靖国神社に手渡している。これは国民を死後まで管理しようとする行政の不正だ。この点からも、靖国神社への政治家の参拝には賛成できない。

安倍首相・閣僚は、靖国神社参拝を足掛かりにして、過去の戦争の肯定に歩みだそうとしている。国家をまとめるために、過去へ安直に回帰することは危険極まりない。自民党の改憲案は、憲法が国家権力の暴走を止める機能を持つという立憲主義を否定し、国民が国家に服従することだけを求める内容になっている。これと、過去への思想的な回帰とが両輪になって、国を大きく誤らせる。

コメント

Shinさん
いつも読ませていただいてます。刺激を受けることばかりです。
 昨年末の総選挙以来、政府の急速な右旋回は目に余ります。
 この国が、15年戦争で内外に非常な損害を与えたことの痛切な反省の上に成立したのが現憲法です。
 かつて教壇に立って、「新しい憲法の話」という戦後すぐに当時の文部省自身が作成した小冊子の復刻版を使って、この憲法とその歴史的な価値を説明したことを思い出しました。
 戦後の日本が誇れるのは、この国に住んでいる人たちの勤勉さを別にすると、憲法9条、そして国民皆保険しかないと思います。
 それらが「アベノミクス」とマスコミが持ち上げる、実体のない小バブルと引き換えに簡単に捨て去られようとしているのが、何とも恐ろしいです。
 政府の右傾化と、少数派に対する声高な排外的言辞の拡大とは、通底していると考えています。
 こういう時だからこそ、たとえラバースタンプQSOでも、UR 599 TU だけでも、近隣諸国をはじめ世界中の人たちと繋がることに、大きな意味があると思っています。

Re: タイトルなし

仰られる通りだと思います。佐伯啓思氏は、サンフランシスコ講和条約の時点から、欺瞞に基づく新国家の出発になった、現在は、屋台骨のない軟骨動物のような存在になっている、と述べています。彼は、そこから改憲というか、新たに憲法を作ることを主張するのですが、私は、現憲法は、あの多大な犠牲によって得られた貴重な財産だと思います。何としても守らなければなりません。アベノミクスという名の、赤字垂れ流し財政政策は、早晩破綻することでしょう。2008年来の世界的な信用不安に基づく経済危機もまだまだ過ぎ去っていません。これからしばらく厳しい状況が続くのだと思っています。

無線に何ができるのか、こんなことをやっていて何になるとも時々思いますが、世界の友人たちと人生を共有するほどに親しく交流を続けてゆけたらと思っています。オンライン、オンエアーともによろしくお願いいたします。

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