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医療事故調原案の問題点 

医療事故調の原案が、近々決定されるらしい。

この組織をどのようなものにするかは、医療のこれからを大きく左右する。厚労省の主導する原案がそのまま通ると、医療人は、リスクをとって治療を行うことをしなくなる、第三者組織が原因究明」を行い、その知見が「訴訟」に繋がることから、医療事故の真の原因究明は遠のき、担当者の自己保身というモラルハザードが生じる。急性期医療のみならず、生命予後に直接関係する専門を専攻する医師は激減することだろう。結局、すべての不利益は、これから患者になる国民に降りかかることになる。

医療は、リスクをとらないと成立しない。また、生命現象は、確率的な現象であり、因果関係を断言することは原則的に困難であることが多い。こうした、医療にかかわる原理を無視すると、医療が成立しがたくなる。

第三者期間として医療事故調を発足させようという意向の背後には、法曹界の医療事故へのコミットを増やしたいという意向、それに行政がこの組織を通して医療界を支配し、利権を得ようと言う意思があるように思える。かの日本医療機能評価機構が、この医療事故調と何らかの関係をもつことになるという観測もあり、これはあながち根拠のない憶測だとは言い切れない。公的保険が、混合診療導入によって規模を縮小し、それにかかわる利権が今後期待できなくなる行政としては、こうした組織に食らいつくことで新たな利権を確保しようとしているのだろう。

もう一度繰り返しておく。こうした動きの犠牲は、結局国民が負うことになる。


以下、MRICより引用~~~

医療事故調取りまとめ案の問題点

秋田労災病院
中澤 堅次

2013年5月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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医療事故調検討部会は最終段階に入り、厚労省のたたき台案が出た。構成員として参加した立場で大きな問題と思うものを3つ指摘する。この問題は次回検討部会までに厚労省が成文化して提出され、多数の意見としてほぼこのまま原案になると思われる。最初から病人権利を基本に制度設計を考えてきた少数派の自分としては、次回がもっとも緊張する場面になると考えている。
三つの問題とは、1)医療事故調への届け出に、故意による殺人を含めていること、2)院内調査に定数を決めて第三者を参加させ、調査チームの責任者も第三者とすること。3)再発防止のための真相究明で得た結果は、訴訟などの証拠となり得るとしていることである。これらの論点は第三次試案の時から問題視された部分であり、今回の厚労省の取りまとめ案はこの方針を変えていないと感じる。以下にそのわけを記し問題の所在を明らかにしたい。

■故意の殺人が第三者機関への届け出に含まれることについて
第三者機関は、現場から報告がなければ動けないため、事故が関係する死亡例全例の届け出を要求している。殺人罪を含む理由について厚労省は、犯罪かどうか報告を全例上げて調査をしてみないと分からないとしている。医療技術を使った殺人は、歴史的には戦争時に起きており、平時では皆無といっていいくらい稀である。今後の統計では故意の犯罪と並べて事故が報告されるだろうから、メディアや国民の意識に事故と犯罪を同一視する混同が生じる。医師法21条も犯罪死と事故死を混同し、報告を義務付けたことで医療界に混乱をもたらした。信頼関係の元にしか成り立たない医療はこの混同により大きなダメージを受ける。院内で殺人が行われたとの疑いがあれば、院内調査の段階で警察に通報するのが普通で、再発防止を目的とする第三者機関に届け出る意味はない。

■院内調査に第三者を参加させ責任者は第三者とすることについて
これは弁護士の構成員から出され医師以外の構成員の支持もある。院内調査は、情報の非対称性を利用すれば、自らの利益のために事実を曲げて虚偽の説明もできる。透明性を確保するために第三者の参加は必要だとしている。事故はインフォームドコンセントで予測できなかった結果が生じ被害が出たことであり、医療側にはプロとして行った医療を再度検証し、その理由を被害者や家族に詳しく説明する責任が生じる。また医療側は行った医療行為に疑いを持たれ、説明が理解されなければ告発を受ける立場になる。説明に隠蔽改ざんがあればそれだけで信頼を失うが、プロとしての矜持をもって行う調査は情報量の多さが説得力を増す。事実に基づいた詳しい説明は、自分たちの正当性を理解してもらうのに役立つ。あえて隠蔽改ざんの罪を犯すことはおろかなことである。事故被害者と医療者との関係は、一対一の関係ではなく、医療側には責任が課せられている。医療側にとって文字通り生死がかかる調査を、不正を隠ぺいする犯人との位置付けで監視が義務化されることは、公平な制度とは思えない

第三者が調査に参加する意味は透明性を高めることだという。第三者による透明性は公開の効果による。病人権利では、病人個人の秘密が守られる権利を明記している。医療者は診療上知り得た秘密を第三者に公開してはならないという重い倫理を背負っており、事故が起きたからと言って無制限に病人のプライバシーを公開することは出来ない。第三者が参加する調査が受療者のプライバシーを公開する局面に及べば、医療者には病人権利を擁護する立場に立つことが求められ、調査に協力しないことが倫理上正しいこともある。第三者が調査に参加し権限を発揮することは、医療者には二律背反にあたり、調査の結果はゆがめられる。これは第三者の参加を前提とするシステムの欠点である。反対に、施設が事故被害者のために行う施設内調査では、例え受療者のプライバシーに踏み込むことがあっても、説明は受療者だけに限られるので二律背反は生じない。

検討部会では調査の責任者も第三者が行うことが求められた。医療施設の長を調査の責任者から外す理由は、長には施設を統括する権限があり、その権限を利用すれば、自分の利益のために調査を誘導できる。調査の責任者となることは利益相反にあたるというのである。
事故が起きた場合、施設の長は起きたことに責任を持たなければならない。プロとして原因を解明し、問題があれば謝罪も補償も行い再発防止にも責任を負う。施設内調査はその為に行われる。たしかに長の権限から言えば、罷免権をちらつかして職員に証拠隠滅を命じ、虚偽の説明を行うことで責任を回避することができるかもしれない。昔のようにそれで済んでいれば問題ないが、今それをやったら犯罪者として自らの首を絞めることになり、施設にとってそのほうがはるかに大きなダメージとなる。隠蔽改ざんで利益を得ようとする長がいれば、施設に対する背信の罪を負わねばならない。

■院内調査を主体とするシステムにおける第三者の位置づけ
現場の調査もいい加減なものもあり、院の内外を問わず、プロが行う調査も問題を起こす。上級責任者や第三者が担当者の意見を聞かずに報告書を作り、冤罪事件を起こしたことは、女子医大事件や大野病院事件で経験済である。院内調査に関する双方の思いを受け付け、院内調査を監視する仕組みはあってもよいと思う。しかし、第三者機関を専門的な判定機関と認め、第二審的なものとして位置付けると、様々な問題が起きる。第三者機関は、事故が起きる前のことは分からず、死後の調査では生前と条件が異なり、公平性に疑問がある。また、個別の事故の良し悪しを判定する基準がなく、科学的な常識は常に変化するので基準にはなりえない。判定を行うマンパワーと質の問題、法的資格や司法体系との関係、死が関係する倫理的な問題から、死生観に至る問題、私的な死を公的に扱うことで生じる問題など、様々な問題を民間の一機関が抱え、調査を間違えば責任を問われる可能性もある。

第三者機関が、裁判所の真似事をする危ない橋を渡らないためには、要請があってから初めて調査を開始し、提示された院内調査の不備を指摘し、調査の精緻化に協力し、自ら良し悪しの判断は下さず、紛争の舞台を再び医療に戻して再調査を指導することを役割とするべきである。それでも両者間に納得が得られなければ、国民の権利擁護の立場に立つ司法の判断を仰ぐべきである。院内調査が調整に失敗した段階で診療は終結し、紛争の解決にステージは移る。この段階で初めて、事故被害者と関係した医療側は一対一の対立関係となる。

■再発防止のための真相究明で得た結果を訴訟などの証拠とすることについて
この項目がおそらく今回の事故調査の仕組みに関する重大なポイントだと思う。検討部会の初期の段階で、座長から事故調の最も重要な目的は何かという問いが出され、一人を除くすべての構成員は再発防止だと言って決定した形になった。議論が始まると、いつの間にか原因究明が再発防止の前に入り、これが厚労省の取りまとめ案にも反映されている。原因究明が目的に加わると、他の目的との間に関連が広がる。例えば、善意ある多くの医師は業務改善を目的とする調査に協力し、時にはミスがなくても誤りがあったと仮定し議論の効果を高めようとするが、これが責任追及に使われる公算が高くなる原因究明の効果が責任追及に利用されれば、医療が行ってきた改善活動そのものに大きな影響をもたらすことはWHOの見解でも示されている。
医療事故では病死との関係で、担当者の責任を明らかにすることは難しい。明らかに因果関係が証明できるケースと、明らかに病気の影響が強い死亡は、院内調査で問題が解決する。しかし、事故の大部分は、因果関係がはっきりしないグレーゾーンにあり、神ならぬ身が担当者の責任を判定することは難しい。

できない相談に、再発防止のための原因究明調査の結果が注目され、基準が異なる責任追及への流用が発生する。
流用を避けるためには院内調査が力になる。詳しい説明のもとで当事者同士が意見を出し合い、その時点での妥協点を見つけるための調査となる。医療が行われる背景には必ず病気があり、適切な調査と説明が行われれば因果関係がはっきりしなくても、お互いが納得する線を見出すことが出来る。

■おわりに
事故調議論の背景には、医療事故の正しい対応をしてこなかった医療界がその責任を迫られていることがある。専門家としての責任の取り方は、専門外の関係者よりも優れたものでなければならない。ここで上げた問題点をそのまま残すと、医療界は第三者が主導する再発防止に従い、技術の改善で信頼を克ちとるという、最も困難な道を選ぶことになる。医療は生命現象と密接に関係し、技術よりも天命が優先する。完全に事故を無くすことは出来ないという事実を、国民に分かってもらうことが大きな問題解決なのだが、技術の改善が規範になると、勝負の結果は最初から明らかであり、訴える側もその結果に満足しない。信頼関係は永遠に回復せず、現場はこの困難を抱えたまま進まなければならない。

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