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68回目の終戦記念日に 

今朝、何時もより少し早く自宅を出て、仕事場に車を走らせた。いつも込み合う幹線道路に車が少ない。あぁ、お盆休みで、仕事に向かう人が少ないのだ、とほどなく気が付いた。だが、ラジオのアナウンサーが「終戦記念日」であることを言うまで、「終戦記念日」であることを失念していた。普段、あの戦争のことを考えることが決して少ないとは言えない私でも、この記念日を忘れてしまっている。いかに、仕事に急ぐ日であったとはいえ、苦笑してしまった。私は、戦後生まれであるし、戦争の惨禍を直接知るものではない。戦争の記憶にリアリティがあるわけではない。だが、大切なこととして考え、記憶しなければならないと思い続けてきた。その私が、この有り様だ。現在社会の中核で働いている方々にしてみると、戦争の記憶ではなく、この20年来続くデフレと、自然災害、そして隣国との摩擦に意識が向くのも仕方ないことなのかもしれない。

数日前、米国の友人が、メールをくれた。彼の父親が、ボーイング社の爆撃機であった「エノラゲイ」を原爆装着できるように改造することに携わったこと、その計画がどのような惨禍を広島市の市民に及ぼすか知らされていなかったとはいえ、戦後、原爆投下計画に参画したことで悩んでおられた様子だったことを、淡々と綴ってこられた。そして、このことをどう思うか、との質問が記されていた。私が、英語のブログで、次のような記事をアップしたことに関係して、彼は、この重たい記憶を私に書いてよこしたようだった。

私の記事の要旨は、日本国民は、戦争末期に徴用され、手ひどい被害をこうむったために、自らを戦争の犠牲者の立場にだけ置き、戦争責任をしっかり議論してこなかった、そのために、日本が侵略を周囲の国々に起こしたことの議論はされず、ただ戦争によって受けた被害のみが思い出されるのではないか、ということだ。これは、前のポストでも触れた、加藤洋子・佐高信「戦争と日本人」から教えられたことである。終戦(ではなく本来は敗戦であるが)記念日の前後で、マスコミ等が報じるのは、日本国民が、あの戦争によってどれだけ傷つけられたか、ということだけだ。以前から、私は、それは片手落ちの議論ではないか、と思い続けてきた。日本国民は被害者であると同時に、侵略の担い手でもあったのであり、それを正視せずにいるから、戦争責任の総括ができないのではないか、と思い続けてきた。

メールをくれた米国の友人には、あの原爆投下は倫理的には非難されるべきことだと思うが、その意味については歴史家が明らかにすることだろう、父上は、戦後亡くなるまでの間、こころのなかに重いものを抱き続けていたのであり、もうそのことはそれで良いのではないだろうか、あの広島の悲劇を繰り返さぬためにも、我々は被害者であると同時に加害者でもあった過去を総括すべきなのではないかと考える、と返信した。

こう記すと自虐史観ではないかというレッテルが張られそうだが、日本国民も戦争を促し、率先して関与していった歴史がある。戦争の被害者としてだけ自己認識するのは間違いではないか、と感じている。

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