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「土建国家」へ戻る道 

昨日、パートの仕事を終えて、日が大きく傾き始めた帰り道を自宅に向かって車を走らせた。ホッとするひと時。ラジオのニュースが、各省庁の概算要求を報じていた。どんどん予算の要求をするようにということらしい。要求予算額の伸びは、国土交通省が17%、厚労省は4%だ。ここから、財務省による査定があるとしても、ダントツの公共事業枠の伸びが見込まれるようだ。国債発行もさらに増加するのだろう。

過去数年間公共事業は、大きく削られてきたので、それが元に戻るだけということかもしれないが、元来日本の財政は、「土建国家」を想定しているものだ。現在読み進めている、井手英策著「日本財政 転換の指針」によれば、日本の財政は、他の先進国に比べて、受益と負担は共に低かった。即ち、元来小さな政府だった。企業による福祉と、女性の家庭内労働が、受益の低さをカバーしていた、という。その社会的な基盤が、「土建国家」なのだ。1980年代、世界各国は、公共事業を減らし、その分の予算を社会福祉等の国民のニーズに回してきた。一方、わが国は1990年代までむしろ公共事業を増やし続けてきた。国民の直接税による負担は、増やされていない。むしろ減税が繰り返されてきた。その財源は、公債の発行と、財投によって賄われてきた、ということだ。その結果、現在の膨大な国の赤字が積みあがっている。

井手氏の見解で、特に注目したのは、現在中間層の受益の実感が、もともと低かったものが、社会福祉の削減に伴い、ますます低下している、そのために、痛税感は増し、社会的弱者を守ろうとする連帯感が失われてしまった、社会の連帯が崩れてしまった、という指摘である。そして、1990年代以降繰り返された、政治家・官僚のスキャンダルもあり、彼らへの信頼が失われたのだ。

現在の財政状況は、増税を行わなければ、解決の方向に向かわないことは確実で、そのための消費税増税だったはずだが、政府はここにきてその施行を躊躇しているかのように見える。国家財政が傾き始めてから、増税を実施することが殆どできなかったのは、政治家がポピュリストだったからだと思っていたが、国民の側の問題でもあったのだ。国民が、受益を実感できず、政治家・官僚に信頼を寄せることができない、また社会保障の充実も社会的な連帯の失われた今、中間層には受け入れがたくなっている。生活保護バッシングを思い返せばよい。この国民の側の問題も突き詰めれば、政治の問題に戻るのだが、政治家をしてポピュリストたらしめたのは、国民が政治をそのように扱ってきたからなのかもしれない。

政治は、また土建国家への道に舞い戻ろうとしている。現在の社会制度、官僚制度では立ち行かず、「土建国家」のスキームはとうの昔に崩壊しているのに、戦後「土建国家」としての国家運営で一応の成功を収めた体験の残像が、政治家の頭の中にあるのだろうか。井手氏によれば、社会福祉の充実によって、中間層に受益を実感してもらい、社会的連帯を取り戻す(そうすることによって、さらなる税負担を国民が受け入れることができるようになる)ことが、行くべき道ということだが、確実に、それとは逆の道を歩んでいる。

この概算要求のニュースを聞いて、まだ落ちるところまで落ちないと分からないのか、とこころのなかで呟いた。

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