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四国遍路 

2007年に、遍路についてアップした。こちら。遍路をする人々の白装束の意味も知らなかった私だが、年々遍路旅をする人々の気持ちが、より理解できるようになってきたような気がする。

辰濃和男著「四国遍路」(岩波新書)を読んだ。ジャーナリスト出身の著者が、実際に遍路旅をした経験と、それにまつわる思索とを記した本である。遍路旅は、昔は、修業、故郷を追われた身の上、ないしは病をえたことで出ることが多かったようだ。白装束は、行き倒れになっても良いようにとの配慮だったわけだ。近年は、自分を探すために、そして生きる力を得るために、遍路旅にでる人々が増えている、という。

この書物で紹介される、遍路旅で出会った人々のエピソード、それに、遍路の人々を接待する土地の人々との出会いのエピソード、いずれをとっても、こころにぐっとくる。とくに、180ページからの「1哭く」と題する、ヤクザ上がりの男との出会いは涙なしには読めない。あのヤクザ上がりの男とは、まさに自分の姿ではないか、と思えてくる。遍路道が悉く破壊され、コンクリートの道路に置き換えられているさまには心が痛むが、ところどころで著者は昔ながらの遍路道を歩く。そして、雄大な自然に抱かれる。遍路の札所になっている寺院、そこの僧侶の人々は、仏教が生きていることを教えてくれるかのようだ。70歳を過ぎての遍路は、肉体的には厳しいものだろうが、そうした遍路で得られるものは大きなものがあるのだろう。

我々の先祖が残してくれた精神的な遺産の一つ、といえるのかもしれない。

いつか、そう遠くない将来に、遍路の旅に出たいものだと改めて感じた。

画像は、86番札所補陀落山志度寺近くの瀬戸内海。今年の冬撮ったもの。

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