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日米地位協定 (2) 

米軍が駐留する国々では、どこでも地位協定を米国と結んでいる。日本以外の国の米国との地位協定よりも、日米間地位協定の方が、日本にとって不平等である

ドイツでは、米軍機に飛行禁止区域・低空飛行禁止区域を定める国内法が適用されている。一方。日本では、国内航空法が、米軍機には適用除外になっている。

イタリアでは、駐留米軍は、軍事訓練を行う際に、必ずイタリア政府(軍)の許可を得なければならない。すべての米軍基地は、イタリア軍司令官のもとにおかれ、米軍は重要な行動・作戦・演習等をすべてイタリア川に通告することになっている。米軍機による低空飛行は事実上禁止され、地方自治体からの米軍への異議申し立ては、米伊藤局は必ず受理しなければならない。日米地位協定では、上記のとおり、国内航空法は米軍機に対して適用除外になっており、米軍機は「基地間移動」という名目で、日本全国で事実上の訓練・演習を行える。

韓国では、韓米地位協定で、基地内の汚染について各自治体が調査する権限を有し、変換された基地内に汚染が見つかれば、米軍が浄化義務を負う。日米地位協定では、同じような場合でも、米軍に浄化義務はなく、米軍に代わって日本選政府がその義務を負い、費用も負担することになっている。勧告では、米軍の兵力、その所在を把握しているが、日本では、米軍軍人・関係者の出入国は当局は把握していない。どれだけの米軍軍人・関係者が滞在しているのか把握していない。重大な犯罪でなければ裁判にかけらるのを免れるという免法特権は、日韓ともに同じ状況。

イラクでは、すでに駐留米軍は2011年末に完全撤退している。イラクの米国との地位協定の内容は
1)米軍撤退を明記。
2)2011年を過ぎても米軍がイラクに駐留し続けられると読める曖昧な表現は削除。
3)米兵の免責特権については日米地位協定と同じだが、民間業者の裁判権はイラク側が持つ。イラク側は米兵への裁判権も主張し続けた。
4)米軍がイラク国内から周辺国へ越境して攻撃することを禁止。
5)米国艦船などの搭載物の捜査権をイラクに与える。
在日米軍基地は、わが国の憲法9条に抵触するのに拘わらず、ベトナム・アフガン・イラク戦争で常に出撃基地となっていた。米軍は、大量破壊兵器をイラクに持ち込まないことをイラクは地位協定に明記している。一方、わが国では、非核三原則の内「持ち込ませず」は虚構であることが判明している。また、イラクは、イラクに出入国する軍人・軍属のチェックを行っているが、日本では、それは放棄しているのはすでに述べた通り。

フィリッピンでは、アキノ政変を経て新憲法を制定、1992年に米軍の全面撤退を実現。南沙諸島をめぐる他国との軋轢上も特に不利な立場には立っていない。基地撤退後も、米比相互防衛条約は存続し、米国との関係も悪化していない。

過去に事故が多発している輸送用ヘリ「オスプレィ」をわが国にも導入した。その訓練は、従来からある訓練ルートで行われている。日本全国七つの訓練ルートがある。訓練ルートに米軍基地から飛ぶ必要があるわけで、オスプレィ他の飛行地域は、21県138市町村に及ぶ。訓練ルートに指定されていない地域でも、既に言及した通り基地間移動という名目で、日本全国どこでも飛ぶことができ、いわば日本全土が訓練場となっている。一方、アメリカでは、地域住民の反対運動により、ニューメキシコ・ハワイ等でオスプレィの飛行訓練は、取りやめられたり、中止になっている。

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以上、まとまりのないレジュメになってしまったが、概略をご理解いただけただろうか。

各々の事柄について、具体的な事例が述べられている。沖縄の苦難が忍ばれる。だが、現実には、これは沖縄だけの問題では決してない。
この本で特に衝撃的であったのは、米国の占領政策は日本に対して融和的であり、その後のわが国の発展はそこれに負うことが大だったのではないか、と何とはなしに思い込んでいたが、現実はそうではなかった、ということだ。日本全土を米軍の「潜在的基地」とする、という利権を追求する米国側の意図が貫かれている、ということだ。

華々しく締結されたサンフランシスコ講和条約とは違い、わが国の側で内容の検討も十分する余裕も与えられず、下士官クラブでそそくさと吉田茂との間で結ばれた旧安保条約、その締結の様子は、わが国がまさにそうした被占領国家であることを思い知らせようとした、米国の意図を物語っているのではなかったか。そして、表現は変わり、対等なそぶりを見せながら、実質は属国に近い扱いを日本に行うよりどころになったのが、日米地位協定であった、ということなのだろう。

こうした状況が続いてきたのは、米国の強烈な意志があったことともに、わが国の行政・政治家に真の愛国心と公正さを求めようとする意志が欠けているためなのだろう。日芸地位協定に基づく「運用の改善」によって、問題のある現実がむしろ固定化されてきた事実を著者はしばしば指摘している、それは、日本側のそうした態度・あり方でしか説明がつかない。

著者も指摘しているが、米国では、こうした状況が知られていない・・・というか、日本でさえ、殆ど理解されていない、またはおぼろげに分かっていても国民の大多数は無関心である。これではいけないのだろうと思う。今後、機会あるごとに米国の友人に、この問題について語りかけてゆきたい。

最後に、現在国会審議中の「特定秘密保護法案」は、こうした現実に関わる情報を求める動きを狙い撃ちしてくることだろう。同法案は、米国に盲従し、それによって利権に与ろうとする、勢力の強力なメディア・国民のコントロール手段になる。こうした点からも、決して成立させてはならない法律であると考える。

この本をご一読されることをお勧めしたい。

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