FC2ブログ

靖国神社の在り様について 

安倍首相の靖国神社参拝が問題になっている。

この問題の根本は、靖国神社が、戦争や公務で亡くなられた兵士・自衛隊員を、本人。家族の意向を確かめることなく、明治以来天皇のために亡くなった軍人を祀るために建てられた神社に神として祭り上げることではないかと思う。

祖国に命を捧げた英霊という表現を良く聞く。この美しく響く表現によって、命を捧げるように強制した国家権力が、戦争・公務で亡くなった方々を管理・統制するのだ。そして、それによって現在の国民を統制し、行く行くは、再び「国家に命を捧げる」ことを強制することになる。靖国神社には、これから戦死するための方々の規則がある、という。この「国家」とは、天皇制を中心に据えた国体思想に基づく国家体制だ。第二次世界大戦で亡くなった兵士の多くは、「戦死」ではない。兵站補給を建たれて、病死・餓死した方が多い。そうした方々が、官製の宗教組織である靖国神社に神として祀られることをどれほど望むことだろうか。

台湾・朝鮮出身者で日本軍軍属として亡くなり、靖国神社に合祀されている方々が4万9千人いるという。中には、生死の知らせも、ましてや軍属遺族としての補償もなく、たまたま合祀されていた事実だけを半世紀以上たってから知った方もいるらしい。合祀を止めるように靖国神社に要請しても、聞き入れないらしい。また、日本人であっても、宗教・思想の違いから、合祀を望まぬ方々も多くいる。

自民党を中心とする保守政党は、公的、私的を問わず、政治家の参拝を繰り返して、靖国神社を事実上国家宗教にし、戦前の思想に基づく国家体制を復活させることを望んでいる。だが、それが良いこととはどうしても思えない。あの第二次世界大戦中国内外で払った犠牲をもとに、わが国は、新たな国家像を確立し、それに向かって歩むはずではなかったのか。

国民から宗教・思想・信条の自由を奪い、国体思想という全体主義で国民を統一しようとする動きには、否を言わなければならない。靖国神社は、一つの歴史的な宗教組織として残れば良い。ただし、合祀という、亡くなった方を管理し、統制する制度を放棄することだ

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://nuttycellist.blog77.fc2.com/tb.php/3084-1a4e4703