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父の日記 

一昨日、春めいた陽気に誘いだされるように、庭で草むしりに精を出した。前傾姿勢を取り続けると、腰に来るが、それでも気持ちが良い。

ほどなく、家に入って休もうと、玄関に回った。玄関のドアが開かない。仕事が今日休みの家内が、カギをかけて出かけてしまったらしい。何時かは、これをやるのではないかと思っていた。家の周囲を歩き回って、窓や出入口の開いているところがないか、探し回った。ない。万事休すだ。

両親がかって住んでいた離れに入り、お茶碗に水道の水をくみ、母親がいつも座っていた、リクライニングの椅子に腰を下ろした。離れの空気の入れ替えがてら、そこでしばらく休むと決めた。

本棚の本も多くが、両親が生きていた頃のままになっている。何か本を読んで過ごそうと考えた。加藤剛のエッセー等に目が留まった。また、父が私淑していた高橋三郎先生の著作集にしようか・・・。ふと、父がかかさずつけていた、日記に目が留まった。父がなくなってもう十年ほど経つのだが、彼の日記を読むことはなかった。彼の内面に踏み込むようで、躊躇したのだ。昭和37年の日記・・・ページをめくってみた。

私たち子供のことが多く記されていた。中学生になり、無線に関心を持ち始めた私についての記載が多い。あの当時勉強しろ等とは、記憶にある限り、言ったことのない父だったが、「明日から試験だというのに、ラジオの部品を買いに行った」と私のことが記されいた。私自身子供を育ててきて、父が私たちにどれほどの関心を抱いていたのか、今になってみると痛いほど分かる。

あの当時、そして成人してからも、父に対して関心をもち、父の心配と希望を、どれほど理解してあげただろうか・・・全く足らぬことの多い息子だったのではないか、もう取り返しのつかぬことだが、親の期待と愛情に育まれてきたことを、改めて感じた。父とは行き違いもあり、なかなかそのこころに飛び込んでゆくことをしなかった。今になって後悔しても仕方ない。

自分の子どもたちが、私の思うように行動しないとしても、もう彼らを遠くから見守る以外にあるまい。もし、彼らが私に目を向けてくれれば、それは望外のことなのだ。親子関係は、繰り返すのだろう。それで良いのだ。そう父が私に向かって語りかけているような気がした。

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両親が住んでいた離れの前の紅梅。ほぼ満開だ。

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