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ジャンドロンの弾く、バッハ無伴奏チェロ組曲2番 

最近、バッハの無伴奏チェロ組曲を、弾けるものからさらい直している。楽譜が、全音のもので、監修者はモーリス ジャンドロン。私が学生時代にはよくFM等で耳にした演奏者だ。最近は、あまり聴くことがない。ジャンドロンの指定、時にどうしてなのだろうと思うことがあるが、何度も弾き続けていると、その指定の意味が理解できるようになることが多い。

実際の彼の演奏はどうだろうと思い、Amazonで組曲一式w納めたCDを購入した。Youtubeにも、二番の三曲がアップsれている。



1960年代の録音だと思うが、輝かしい音で録音されている。テンポや、ダイナミックの変化は、最小限に抑えられ、正統なバッハが鳴り響く。現代の演奏家は、ときに奇矯なまでにテンポや、ダイナミックを揺らす。ジャンドロンは、バッハが本来そうあるべき通りに弾いている様に思える。アプリオリな演奏とでも言うべきだろうか。

旧い演奏者ということで、カザルスと、トルトゥリエも同じ曲で聴いてみた。各々古き良き時代、といってもロマンチックな演奏ではなく、堂々たる演奏を聴かせてくれる。でも、驚いたことに、カザルスはプレリュードで明らかに、譜面と違う音を二、三か所で弾いていた。何らかの根拠があってのことなのだろうか。トルトゥリエは、技術的に詰めの甘く感じられるところが少しある。この曲、二番に関しては、ジャンドロンが良い。

学生時代に、ジャンドロンの演奏は聴いたように思うのだが、これほどまでに印象には残っていなかった。今回、彼の演奏に再び巡りあえたのは、嬉しいことだった。

コメント

今度マイスキーの演奏と聴き比べてみます。端正なバッハですね。

端正、そうですね、その表現が合っているかもしれません。そして、健康さを強く感じます。あの1950、60年代の時代の風潮とマッチでしていたのかもしれません。マイスキーも整った演奏ですが、何か暗い感じがします(明るい、暗いという表現は、あまりに単純化した形容ですね)。マイスキーの演奏には、何か虚無の淵を観た人間の演奏のような感じがどことなく漂っているように思います。読み込み過ぎでしょうかね。

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