相馬野馬追に寄せて  

原発事故は、医療現場を過酷な状況に追いやりつつある。原発事故自体がコントロールされているとはとても言えないのは勿論のこと、住民、コミュニティに与えた負の影響は今も続いている。

医療現場の過重労働を多少なりとも想像することができる私としては、こうして歯を食いしばって仕事を続けておられる医療スタッフには何とも語りかける言葉がない。

原発事故の補償に際しては、この記事に語られるような現場を引き裂く施策はなしにしてもらいたい。地道に医療活動を続けている、医療施設、スタッフが報われるシステムを作り上げないといけない。

原発再稼働に向けての動きが盛んだ。当初は、原発を稼働させなければ、電力需要を満たせないという論理、今は、原発を再稼働させなければ、電気料金が際限なく上がり続けるという論理。最初の論理は、現実によって、否定された。後者は、今盛んに原発推進の政官業から喧伝されている。原発事故が起きた際のすべてのコストを考えたらどうなるのか。放射性廃棄物の管理コストはどうなのか。東電福島第一原発事故は、収束したとはとても言えない。佐藤医師の病院での有形無形のコストは一体どのように評価されるのだろうか。未だ故郷に戻れぬ10数万人の方々の費やす負担はどう評価されるのか。原発は、あらゆる意味でハイコストだ。


以下、MRICより引用~~~

相馬野馬追に寄せて

青空会大町病院麻酔救急科
佐藤 敏光


2014年8月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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南相馬市大町病院の佐藤です。昨年9月22日以来の投稿となります。

東日本大震災から3年5ヶ月、秘密保護法成立、集団的自衛権をめぐる憲法改正の問題など国民全体に関係する話題で、福島原発関係の報道は全国版ニュースから影を潜めてしまいました。7月27日開かれた相馬野馬追祭の様子は全国版でも紹介されていましたが、子供がほとんどいない観客席の様子まで報道した放送局はありませんでした。

南相馬市の人口は今年6月30日現在で64,731人と震災前の71,561人の90%まで回復してきています。しかし年齢別の構成でみると0から19歳が10,426人(震災前は13,196人)、20から39歳が12,311人(震災前は15343人)と約75%までしか回復していないのに対し、60から79歳は18,825人(震災前は18,667人)、80歳以上は6,620人(震災前は6,246人)と震災前よりも増えていて、超高齢化社会になってきていることが懸念されます。

子供や生産年齢の人口が増えないのは、子供への放射線影響を心配する親御さんの気持ち、医療、交通、商業などのインフラが十分に回復していないことが挙げられます。沿岸部の空間線量は下がったとは言え、原発現場でがれきを片付けただけで増える落下放射線や、今なお除染することができない山間部を通過しなければいけないなど、小さい子供さんを持つ親御さんを安心させる説明は今でもできません。市内にあった小児科2軒は閉院したまま、1軒あったマクドナルドの店も閉店したままとなると、野馬追なんか面白くない、早く帰ろうという子供の気持ちも分かるような気がします。

高齢者が増えている原因としては、元々居た年齢層の高齢化もあるでしょうが、帰宅困難区域、住居制限区域からの高齢者の移住する方が増えてきているためもあるのではないかと思われます。今まで(医療機関の窓口負担金免除などの恩恵を受けるため)住民票を変えずに仮設住宅に住んでいた人たちが(同じく免除を受けられる)原町区に新たに家を建てたり復興住宅に入居してきています。

大町病院もそんな人口構成の影響を如実に受け始めました。看護師などの医療スタッフは増えることは無く、入院患者は高齢者が大部分を占め、1回入院すると足腰が弱くなり、自宅に戻れなくなったり、退院させても再度入院してくる患者が増えてきています。当然のごとく、急性期慢性期に関わらず、食事の介助、おむつの取り替え、体位交換などの肉体労働や、エンドレスに続くリハビリテーションなど、スタッフの負担は増えざるを得ません。

外来患者数も増えてきました。先の東北救急医学会でも発表がありましたが、復興・除染作業員の受診が増えてきています。それも、風邪を引いたからと言って受付時間ぎりぎりで受診したり、アルコールを飲み過ぎて怪我をして救急車で運ばれたりする患者が多いのです。軽症ならまだしも、解離性大動脈瘤を抱えて腹痛を訴えて受診したり、出血性胃潰瘍で貧血を起こしふらふらになって受診するなど、なぜ南相馬に来たのかと怒りたくなることもざらになってきました。

5月に大阪から来ていた作業員が肝硬変で亡くなりました。予め親族への連絡は取れていたのですが、亡くなっても遺体を引き取りに来ませんでした。霊安室の無い本院ではこのようなご遺体も病室に安置し、2日後に市の職員が引き取りに来られるまで遺体保存にも神経を使わなければならざるを得なく、こんなことはもういやと思った職員は少なからずいたと思います。

本来、復興除染作業員の健康管理は(原発作業員と同じように)国の負担で行うべきと考えます。事業者任せだと健康管理は甘くなり、労災なのか元々あった疾病のためなのかの判断も難しくなります。また、一時的に増える作業員のために職員を増やしたり、ベッド数を増やしたりする余裕は本院にはありません。

19歳の意識のおかしい作業員が運ばれて来ました。CTを撮りましたが全く異常がなく、電話で気仙沼の親にてんかんの既往等尋ねたのですが、そのようなことは無かったと。翌日に撮ったMRIで立派な脳梗塞ができあがっていました。すぐ脳外科・神経内科のある南相馬市立病院に転院しましたが、間もなく気仙沼市立病院に再転院となったようです。後からきた労災証明書には、病名は脳梗塞、その原因は、過重労働による脱水、ストレスとしか書けませんでした。

病院スタッフの疲労・ストレスは溜まる一方です。震災直後は南相馬に残った人たちのためにと、県から制限された入院ベッド数を超えてでも入院を受け入れ、時間外となっても文句も言わずに働いて来てくれた職員も、いつまで続くか分からないジャブのような受診や入院患者からの訴えの攻勢に、今にも倒れかねない状況になってきているのです。

小宮山厚生労働大臣が南相馬に一人派遣したと自慢?した国立病院からの看護師さんの応援(当初半年の予定でしたが、所沢リハビリテーション病院の計らいで1年間続きました)は今は無く、給料の良い前の職場を辞めてでも全国から集まってくれた看護師さん達も、徐々に本院を去って行っています。去っていかれることが残された看護師さんにとってどんなにつらいことか分かっていても、誰も引き止めることはできません。

3月に二人の臨床検査技師が辞めていきました。それぞれ家庭の事情や通勤できなくなったためと聞いていましたが、最近になって、二人が新地に新たに開院した病院(以前は南相馬市にあった病院)に勤めていることが分かりました。辞めた人を雇うのは勝手と言われればそれまでですが、辞められた病院にとっては、引き抜かれたと感ぜざるを得ません。その病院は、震災後約2年間、看護師が確保できていたのにもかかわらず入院患者を受け入れませんでした。東電の賠償金(震災前と震災後の純利益{=収入から人件費などの費用を引いた額}の差)を増やすため?入院を受け入れず、かかりつけ患者の入院を他院に押し付けておいて、新しい建物と高い給料を見せつけて、他の病院の職員まで引き抜こう?とするやり方は許せません。

以前に『隣の芝生』でも紹介しましたように、看護師さんたちは、給料が良ければ、義理とか他の人への迷惑には目をつぶり、新しい職場に移ってしまいます。如何に魅力ある職場としていくかが上に立つものの役割だと考えてきたのですが、そんな自分も愚痴しか出なくなってきました。

避難した人(病院)、避難しなかった人(病院)、働く人(病院)、働かない人(病院)、原発事故は二つの集団を作り上げ、お互いを誹りあう社会を作ってしまったと言っても過言ではありません。

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