FC2ブログ

敗戦記念日に思う 

敗戦記念日を前後して、マスコミは、戦争による惨禍を取り上げ、それを継承しなければならない、と説く。その対象は、米軍による原爆投下、各地での空襲等だ。非戦闘員であった国民が受けた被害の記憶をとどめることは、それはそれで大切なことだ。

だが、それだけでは、片手落ちであるように思える。中や、朝鮮そして沖縄で、人々に与えた人的・物的被害も、同時に想起し、日本人としての痛切な反省の思いを新たにすべきなのだ。日本での戦死者は、300万人に対して、中国での戦死者は1000万から2000万人と言われている。

戦争被害者としての歴史を想起するだけでは、戦争を賛美し、けしかけ煽った国民としての反省が生まれない。戦争は軍部や政治家に騙されて駆り出されたものという姿勢は、戦争を繰り返さぬという能動的な行動を生み出さない。

戦争で騙され被害を受けたという国民の意識は、戦前からの保守層の一部の動きと表裏一体だ。彼ら保守層の一部は戦後も米国への隷従と引き換えに政治権力を綿々と受け継いできた。そして今過去の歴史を書き換えて、自己正当化を図ろうとしている。端的に言えば、戦争責任の追及対象を主に軍部だけにしぼり、官僚そして天皇の責任は殆どないものとされた。あの戦争は何だったのか、どこに原因があり、誰が責任を負うべきだったのか、ということを今からでも、検討すべきなのではないか、と思う。

国民が被った被害だけでなく、隣国、そして沖縄の人々が理不尽にも受けた被害を正視しなければならないと思う。

敗戦記念日を挟んで、ずっとこのことを考えている。

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://nuttycellist.blog77.fc2.com/tb.php/3274-35e534ec