Atsuさんへの返事に代えて 

御大なんて言う言葉は、本人に向かって発せられる場合、何かしら棘が含まれている言葉だよな、と思いつつ、Atsuさんのコメントにはいろいろと考えさせられた。

先日のポストの最後で述べた通り、この恐らくニューカマーの出現を祝福こそすれ、邪魔にするとか、ましてや失礼な方だなどとは露ほども思っていない。是非、オンエアーでも直接でもお目にかかってみたいと思っている。私にも同じ仕事をしていた経験があるので、孤独な立場に恐らくおありになるだろうこと、アマチュア無線が、外に開かれた窓になるであろうことが共感を持って理解することができるような気がする。恐らく、この開業医の方は、私より10歳前後若い方だと思う。仕事にも、無線にも頑張ってもらいたいものだ。ライバル出現などとふざけた表現をしたが、私の本心はそこにある。

御大と言う言葉の込められた意味について、考えてみた。確かに、年齢的にも、またアマチュア無線への没入の度合いから言っても、私はすでに高齢者の爺ハムになりつつあるのだろう。それは、事実なので、それに対する呼称であるとすると、その通りだなと思う。一方、無線に関わることについて、偉そうに薀蓄を垂れたり(大した薀蓄ではないが 笑)、またはシビアな指摘を、他のハム等に向かってすることもあった。すべてとは言わないが、その大多数は、アマチュア無線と、それを楽しむ若い方々のことを考えての発言であった積りである。この点は、表現方法等をよく検討しなければいけないと反省した。

アマチュア無線と私の関わりそのものについても、改めてこころに迫ってきた。少し、のめり込み過ぎなのではなかろうか、ということだ。趣味にしろ、仕事にしろ、のめり込むことが必要だったり、それが良い結果を生むことも多い。だが、人生の長さのスパンで考えてみると、のめり込みによって生まれる価値なぞそれほどあるものでもない。まぁ、この点は、複眼視的な見方が必要なのだが、我々は、というか私は、ものごとから距離を置いて考える、行動することができなくなっているのではあるまいか、と思い至った。

過日、PMFの創設者であったバーンスタインが、71歳のときにその後の人生何をして生きてゆくかと自問して、若い音楽家の教育、即ちPMFの活動に行きあたるという話しをしているYoutube画像を偶然目にした。彼のように実力もあり、老後にも選択肢があれば、それに向かって生きてゆくことができるし、そうすべきなのだろうが、私は違う。それほど、世のためになるようなものは持っていない。むしろさまざまなことから距離を置いて、生きることが、これからの私の課題なのかもしれぬと思った。話は違うが、佐渡裕の振ったPMF2014のショスタコ5番は素晴らしい演奏だった・・・。

人生で価値があると思ってきたこと一つ一つと距離を置くこと、やがて人生を終えるために準備しておくことだ。いや、無線にしろ、音楽にしろ、これまで通りに楽しんでゆくことは続けるが、何かしらそれができない状況になっても慌てず、そっとそこから身を引く準備である。

Atsuさんは冗談のつもりでかるい気持ちで述べられたのだと思うが、改めて考える機会を与えて頂いた。彼にはコメントを感謝したい。

コメント

ちょとふざけたコメントで失礼致しました。私なら一番にご挨拶に伺う距離感でしたのでつい。その方CWをしていないかしていてもラグチューはなされないのでしょうね。

いや、貴兄のコメントを出汁に使わせて頂いて、普段思っていることを記させて頂きました。あの西側の中学校を挟んで反対側なのです。同じバンドに出ていたら、絶対ざわついて分かると思うのですが、聞いたことがないのです。お目にかかって、どんな経緯で無線を始められたのか、伺ってみたいものです。患者になって行くか・・・笑。

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