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JH1HDX中島守氏5周忌 

この10月6日が、旧友中島守氏JH1HDXの五回目の命日だった。少し遅くなったが、奥様に連絡をとり、今日お墓詣りに出かけた。我が家から北西の方向に約1時間半ほど車を走らせたところに、彼の家と墓がある。お墓の近くで、奥様と待ち合わせた。大学を卒業なさったお嬢様と一緒にお出でくださった。その地域では有名であろう蕎麦屋さんに連れて行かれ、お昼をご一緒しながら昔話そして近況報告をしあった。

中島氏とは、1980年頃、私が無線にカムバックしてきた頃からの付き合いだ。私は大学病院の寮、彼は借家、お互いに簡単なアンテナとリグで出ていた。21メガのSSBでしょっちゅう話しをした記憶がある。彼が5年前の春、白血病にかかったと突然連絡してくるまで、時々間隔はあいていたが、付き合いは続いていた。一頃は、同じ車で信州・北陸にドライブ旅行にでかけたこともあった。

彼は、経済的に決して裕福ではない家庭に生まれ、東京で働きながら工業高校そして専門学校を出た苦労人だった。かなり強烈な個性の持ち主で、権威的なものにはそれが何であれ、抵抗するところがあった。磊落そうに見えて、感じやすいところもあり、それは別な側面では優しさでもあった。いろいろとお世話になったものだった。

5年前の春、以前このブログで記したような経緯で急性白血病となり、数か月の厳しい闘病生活を経て、帰らぬ人となった。入院されてから、つとめて希望を共有できるように、週に一度はお見舞いにでかけていたが、最後の3週間ほどは、会うに忍びなく足が遠のき、メールでのやり取りだけになってしまった。そのことは今でも申し訳ないことだったと思っている。

中島家にも事件が幾つかあったようだが、皆さん健康を守られてお過ごしの様子だった。小学生の時以来であったお嬢様がお母さんと一緒に登場、立派に成長なさっていた。時間の経ったことを改めて感じた。

その後、近くのお墓にお参りをさせて頂いた。父上と一緒に彼がそこで眠っている。立派なお墓だ。彼が若い時分に立てたもののようだった。毎年訪れようとおもいつつ、無沙汰をしたことを墓前に詫びた・・・こうした不義理を私はどれだけ重ねていることか・・・。これからは機会を見つけて、出かけたいものだ。

お昼を頂いた蕎麦屋の横を流れる湧水。

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その上流にあったわさび畑。

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帰り道、久しぶりに例幣使街道を通ってみた。30年前と変わらぬ佇まい。

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