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N3JT歓迎会 

英文ブログにはすでに記したことだが、昨日、Jim N3JT ・Nina夫妻の歓迎会に参加するために、状況をした。歓迎する側は、私を含めて五名。赤坂のこじんまりとした寿司屋での会だった。Jimと会うまでの顛末が一波瀾だったのだが、それは英語ブログに譲る。

Jimとは、1980年代後半、特に私がFOCに入ってから、頻繁に交信した。剃刀のように切れ味鋭いキーイングで、キーボードと同じように聴こえたものだった・・・最近は、さすがに少し衰えが見られるが、それでも一流の電信マンである。残念ながら、この10年間ほどは、一年に二、三度お目にかかる程度になってはいたが、ことあるごとにメールを下さったり、差し上げたりしていた。3年前の大震災のときには、いち早くメールで安否を尋ねてくださったのも彼だった。ユダヤ系のアメリカ人で、工学、法律の学校を出ており、好奇心旺盛、社交性の豊かな方である。政府系の官庁に勤めていたが、50歳で早期退職の機会があったときに、2ナノセカンドで退職を決断したと言って、皆を笑わせていた。CWopsを立ち上げた創設メンバーである。私は、彼から、同クラブ創設時入会を勧められ、理事の一人として参加した。 その後、すったもんだがあり、私は一度退会したが、今は幽霊会員として戻っている。彼は寿司を好物としており、日本に一度訪ねたいと1980年代から繰り返し語っていた。今年の夏、奥様とともに、日本に旅行するから会いたいと連絡があり、JE1TRV Atsuさんに歓迎会の世話をお願いして、お迎えすることになった。彼らが出発する1週間前に、21メガで交信したのが久しぶりのことだった。

彼と奥様の姿は、様々な機会に雑誌等で目にしていたので、何か初めてお会いするような気持ちにはならなかった。毎朝水泳をし、週ごとに数十キロ自転車を走らせるトレーニングを続けており、若々しかった。奥様は1年前にやはり軍の情報関係の政府系機関を退職なさったようだった。宴会場に向かう途中、私が20数年前にお送りした写真のことを話題になさっておられた。暖かい人柄の方のようだった。

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Jimとの会話で興味深かったこと、一つは、CWopsを立ち上げた理由についてである。もう4年前になるか、当時ヨーロッパのとあるFOCメンバーが、FOCのMLで反ユダヤ系の発言、人種差別に類するような発言を繰り返していた。FOCの委員会は、政治的なことがらにタッチしないという方針で、そうした発言に何も対処しようとしなかった。それで、アメリカのユダヤ系のFOCメンバーが主体になってCWopsを立ち上げた、という事情のようだった。この話は、大まかなところを聞いていたのだが、創設メンバーであるJimから直接伺うことができて、やはりそうだったのか、と納得した。これ以外の裏の事情はなさそうである。

CWのactivityで、コンテストやDXは盛んだが、ラグチューが衰退している、という認識を、Jimも抱いている様子だった。その理由は、彼によれば、簡単なこと。ネットでいくらでもやり取りができる。CWを用いたラグチューをする必要がなくなったからだ、というのが彼の見解であった。このブログでも繰り返し述べている通り、私はそれだけではない、またはそれは現象論に過ぎないのではないか、と考えている。宴会の場では、びしっと彼に述べることができなかったが、コンテストのような交信と、会話を行う交信は、今や並立せず、むしろお互いに排除しあう関係にあるように思えるのだ。具体的な根拠は、CWopsのCWTという毎週行われるスプリントスタイルのコンテストにactiveな局が、「普通の交信」をしているところを殆ど聞かない、ということが挙げられる。CWは、本来何らかの意思疎通を行う手段として生まれてきたものであり、また意思疎通がCWでできた時の楽しみは、独特のものがあるのだ。一方、コンテストスタイルの交信は、一種の無意味な記号のやり取りにしか過ぎない。CWを送受信する際の、読む、書く喜びが欠けているのだ。Jimのように考えている方が、少なくともCWopsでは多数なのだろう。彼らとの意見の違いを、文章にして公表してみることが必要なのかもしれない。

Jimは好奇心旺盛で、日本語には漢字、ひらがな、カタカナ等があるのはどうしてか、どのように使い分けているのか、といったことや、様々な食材のこと、日本での無線免許制度のこと等も盛んに質問し、知識を吸収しようとなさっていた。もう70歳に届きそうな年齢なのに、その向学の姿勢はすごい。

何時かは、東海岸で行われる電信マンの集まりに出てみたいものだ。そこでJimや、他の旧知の方々にお目にかかりたいものだ、と思った。K3ZO、W3LPL、N3AM等々、知り合いの方々からよろしくとの伝言を彼が携えてきてくれた。何時かはそうした人々とアイボールをという気持ちが改めて大きくなった。

コメント

先程は済みませんでした。電話が掛かってきたり家内が戻ってきて荷物を駐車場に取りに行けと命令されQRTを余儀無くされました。

日光に案内して御自宅に招かれるのですかと交信中にお聞きするつもりでいたのですが。

Re: タイトルなし

そのようなことだろうと思っておりました。またゆっくりできるときにお目にかかりましょう。

彼とは、一昨日の歓迎会だけです。こちらに自由時間に来ていただこうかとも思ったのですが、少し予定がタイトのようでした。のこりの時間をのんびり過ごして行って頂きたいものです。

では、また近いうちに。

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