9V1MT、G3ATH、Harry 

昔のアルバムをたまたまめくっていて、忘れられぬelmer(と私が勝手に思っている)のお一人、Harry G3ATH、当時9V1MTの写真とカードを見つけた。

1960年代、CWがそこそこ取れるようになり、中学を終えて英語もそれなりに使えるようになり、無線が楽しくて仕方のなかったころに、何度もお目にかかった方だ。RAFにお勤めて、当時シンガポールにたまたま滞在なさっておられたのだろう。無線機の前でニコっと微笑む、この写真を頂いて、とても嬉しかったのを覚えている。

彼は、バグキーの名手であり、とてもきれいなキャリアーで、流れるような電信を聴かせてくれた。何を話したのかは覚えていない。自己紹介にちょっと毛が生えた程度の内容だったのだろう。その美しい電信と、英語で会話する面白さは、私を、電信による海外局との会話に向かわせる大きな動機付けになったようが気がする。写真の裏には、G3ATHから会おうと書かれている。当時、英国に帰任することが決まっていたのだろうか。

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1980年に私がカムバックを果たし、FOCに入会したころ、HarryがかってFOCメンバーであったことを知った。たしか、800番台の会員番号だった。Gのメンバーから、彼がリタイアしてお元気にしていることを伺った。1990年前後のことだ。彼に手紙を書いてみた。すぐに返信があり、彼も喜んでくださった。14メガのロングパスで、彼とスケジュールを組んだ。彼は、2エレの小さなビームをお使いだったが、信号がとても弱かった。殆ど会話にはならなかったが、彼が興奮している様子がそのキーイングから分かった。

現在の私のハム歴からすると20数年ぶりに交信する、といったことは、ありふれた出来事だが、彼が私にとって若いころのelmerでもあったこともあり、私にとっては、忘れられぬ交信の一つになっている。その後、一二度交信を試みたが、お会いできなかった。2000年すぎだったろうか、別なFOCのメンバーから、彼が亡くなられたことを伺った。

考えてみると、英語圏のハムは、西ヨーロッパと北米東海岸に偏在している。北米西海岸はカリフォルニアだけにある程度の数のハムがいるが、絶対数では、東海岸から中部かけての北米に圧倒的に多い。これらの地域は、日本からすると、北極回りのパスになる。小さな設備で、おいそれと交信できないし、できたとしてものんびりラグチューとはなかなかいかない。今のように太陽黒点数の極期のハイバンドは例外だが、これもあと数年すると静穏なバンドに戻ってしまう。

だから、日本から英語の電信で会話を楽しむことは、相手探しという点でもさほど容易ではないのだ。シンガポールそれにVK/ZLが、例外的にそうした交信を楽しめるハムのいる地域だった、そして今でもそうである。VK/ZLは、1980年代カムバックしてから、バーチカル一本でやっていたころ、夜な夜な14メガでお相手頂いた方がいた。Harryは、そうした方々のお一人であり、ビギナー時代、もっともはやくお目にかかった方のお一人だった。

日本から電信での会話を海外局と楽しむことは、こうした地域的なむずかしさがあるのだろう。KWにビームを高く上げれば、何時でもできるようにはなるのだが、ビギナーにとってはそんな設備は無縁だ。従って、何時でも安定して開ける南北のパス上の地域に相手の方々を見つけて、練習相手になって頂くことは大切なことだ。・・・ただし、ビギナーを相手にゆっくりと交信を繰り返してくださる、昔堅気のハムは、驚くほど少なくなってしまった。今のハムにとっては、さらにハードルが高くなってしまっている。

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