那須高原を訪れる 

今日は晴れ上がっており、家に閉じこもっているのはもったいない気がして、フラッと那須高原の方に出かけた。以前から、訪ねてみたい場所があったのだ。那須高原の北部、私の姉が新婚時代を過ごした酪農地帯が、その目的地。正確な地名が分からなかったが、那須高原の繁華街から北に外れた、山すそに広がる牧草地帯であることだけは覚えていた。

実は、受験生時代に姉の家に夏休みの間泊めてもらったことがあったのだ。高専の最終学年には、医学部受験をする積りにはなっていたが、学園紛争などもあり、勉強は手につかなかった。一応受験したものの、当然不合格。浪人生活に入った・・・今考えると、高専をようやく卒業した私が、今度は大学に行くといって浪人生活を始めたので、親はさぞがっかりしただろう。が、そのようなそぶりは少しも見せなかった。今思うと、親の心情がよく分かる。

予備校のない夏の間、勉強をするのに、姉の家にお世話になることになった。義兄の車に乗せてもらい、四号線を東京から一路那須まで、夜の闇のなかを突っ走って行ったことを覚えている。姉夫婦にとっても、トンデモないお邪魔虫だったかもしれないが、嫌な顔をせずに泊めてくれた。

なだらかな牧草地と、とびとびの林が広がる那須の山々のすそ野だった。物置みたいな離れを宿泊できるようにしてくれて、そこで一日中勉強に集中することができた。午後、日の暮れる前に、周囲を散策したのを覚えている。人に会うこともなく、ただ涼しい風が牧草地を吹きわたっていた。一体何を考えながら歩いていたのか・・・良くは思い出せないのだが、漠然とした将来への不安がいつも、こころの底にあったのだろう。充実した那須での夏の滞在を終え、やがて東京の喧騒の中に戻って行ったのだった。那須でのあの日々がなければ、現在の私もなかったということだ。

今日、お昼過ぎに、当時滞在したであろう地域に到着した。「下の地域」では、晴れていたのだが、こちらでは那須の山から雲がたれこめ、細かい雨が降り出していた。今にも、みぞれに変わりそう・・・。

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こんな場所をあてもなく歩いたことを思い出した。

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私もそれなりに頑張ったのだったと思うが、それ以上に、周囲の支持、支援がなければ、受験を完遂できなかっただろうと改めて思う。両親には、一緒に生活して、少しは恩返しができたかもしれない(それも今になって思い返すと、なんと不十分なことだったかと思う)が、姉そして義兄には何もお返しをしていないことに改めて気が付いた。

看護師としての職業生活、音楽活動、クリスチャンとしての活動、そして親戚の付き合いを幅広くこなした姉もすでに68歳。帰宅すると、姉から、長男家族を伴い仙台の弟夫婦を訪ねたというメールが来ていた。少しずつ生活の規模を縮小している、とあった。メールにもミスタイプ、それに文章や言葉の誤りが少し目立つようになってきた。姉夫婦にも機会を見つけて、感謝の気持ちを表さなければと思った。





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