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義理の両親を訪ねる 

週末に、四国の家内の両親を訪れてきた。両親にはお世話になってきたのに、今まであまりに不義理にしてきたと反省している。

義父は89歳で元気にしており、つい先日白内障の手術を受けて、ゴーグル様のメガネをかけていた。耳が遠くなったが、話されることはシャープである。第二次世界大戦直後、抑留されていた、東南アジアの島での生活について伺ってきた。死ぬか生きるかのぎりぎりの生活を送ってきたらしい。彼は、ビルマ南方の教育隊にいたらしいが、北の方に派遣された人々の多くが亡くなったことを述べていた。こうした記録を書き記しておいたらどうかと思ったが、年齢的に、もう難しいかもしれない。

義母は、徐々に発症したアルツハイマーが進行している気配だった。当初、パーキンソン様の筋強直等も目立っていたが、今では運動も殆ど不可能な状態だ。アルツハイマーが、脳全体を侵す疾患であることを目の当たりにする。家内が声をかけると、じっと家内を見つめ、何かを語りかけるかのように、口がわずかに動いた。家内がいる間、その方をずっと見ていた。家内がベッドから離れると、またすっと眠りに落ちてゆく。認知症の進行してゆくときに、どんな不安に襲われることだろうかと想像した。義父が、しょっちゅう顔を見せてくれることは彼女にとって幸いなことなのだが・・・。

二人がお世話になっている介護施設、とてもきれいなのだが、職員は忙しそうだ。とても感じの良い方々が多く、お世話になっていることに、こころからお礼申し上げた。ただ、義父のように精神的、身体的な能力が残されている方々にとっては、刺激があまりに少なく、さらに運動をする機会がない様子なのが気になる。介護施設にそこまで期待するのは無理ということなのかもしれない。何しろ労働集約的な仕事なのだろうから、だ。でも、少し体を動かせる施設も併設されていても良いのではないだろうか。今のままでは、介護を受ける方々の健康が早く損なわれていってしまうような気がする。それは、医療介護システムへのさらなる負担の増加になってしまうだろう。

こうした老齢の義両親を見ていると、やがては私たちも、こうした時期を経て、人生の終末へと向かうのだ、と教えられている気がする。親は、我々を生み、育ててくれる。それだけでなく、こうして自らの生を我々に見せて、何も語ることなく、人生について教えてくれているのだ、と改めて感じた。

昨日、帰る前に、家内の姉、その子供二人、その内長男の一家、それに義父とで、近くのレストランで会食をした。四世代のそろい踏みだ。とりわけ何かを話すわけではないが、近況などを少しずつ聴かせて頂いた。単なる会食だったが、四世代こうしてそろうと、こうやって命を受け渡して行くのだなと改めて感じた。

昨日は、連休の最終日とあって、列車は混雑していた。緑の窓口のミスで、ちょっとあたふたしたが、ようやく夜9時には、自宅に帰着。静かな我が家で、再びいつもの生活が始まる。

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