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CWの二通りの楽しみ方 

先日、Karl DJ5ILが、FOCのMLで、CQを出しても普通の交信をする相手がいないことを嘆く発言をした。西ヨーロッパでも同じかと思い、私も、こちらでも同じ状況だと発言した。CW愛好家には、コンテストのように、現実社会や我々の生活とは関係のない、記号の体系でやりとりをする人々と、CWを読むことで、生活や人生にかかわる話しをする人々がいる。昔は、その両方の楽しみ方をするハムが多かったが、最近は、その一方に偏り、とくに前者が増えているのではないか、という私の持論だ。私が、普段あまり発言することがないためか、ML上、それに私信の形で、結構たくさんの反応があった。その内容を分けると、

1)私の議論に賛成である・・・会話の成立する交信が少なくなっている

2)自分は、その両方の運用をしている

3)CWによる会話はネットに置き換えられ、さらに我々は忙しい時代に生きている・・・だから、記号体系のやり取りだけで良いのだ

面白いことに、2)と述べる方が、コンテストクラブと化したとあるクラブのトップだったりする。3)も、FOCの現在の事務長をしているRoger G3SXWの見解。10月にお目にかかったJim N3JTも同じような意見だった。昔、ラグチューを楽しんでいた彼らも、みごとに時代の変化に乗っている、ということだろうか。1)は、比較的少数のような気がした。FOCにおいてさえ、この状況だ、他は推して知るべしだろう。

これも持論の繰り返しになるが、閉じた記号体系のやり取りを繰り返しても、そこには本当の楽しさ、この趣味を持って良かったという喜びが生まれてこないような気がする。CWで読み解く楽しみこそが、我々に本当の喜び、充実感を与えてくれるのではないだろうか。時代の潮流としては、この生き方は、もう遅れており、どんどん少数になっているようだ。今年の年頭の抱負にも述べた(英文の方のブログ)のだが、このことをまとめてFOCの機関誌でも公表しておかないと、機会を逃してしまう・・・もう今年は無理なので、来年に持ち越しか・・・。、

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