無線への飽きか、それとも飽くなき追求か・・・ 

最近、ブログなどで、無線について否定的な意見を私が述べることが時々ある。ある米国の友人が、私があまりにactiveに出ているために、「飽き」が来ているのではないか、とメールで言ってきた。私が、あまりにprolificである、と彼は言う。確かに、そうかもしれない。が、良く考えてみると、交信できて良かったと思える出会いがあると、それで満足して無線機のスイッチを落とすことが多いようにも思う。なかなか周囲で見つけることができない「青い鳥」を求めて、CQを出し続けるということだ。得難い交信を一つでも経験すると、そこで満足してスイッチを落とす。残念なことに、そうした出会いはさほどないのが、現実なのだが・・・。

今日は雪が降っており、外の仕事はなし。昼休み、チェロの練習に飽き、無線機のスイッチをいれた。W9の局が14メガで良く入っている。UAと交信を終えた彼を呼び、簡単な交信。その後、Jim K6ARが呼んでくれた。最近は以前ほどCQを出さないようにしている。RBNでモニターして、私の交信をワッチしている友人がおり、それがもう一つ感じが良くない。で、Jimとは、喜んでQSYして交信をはじめた。

Jimは、以前に記したとおり、大学で経済のクラスに出て良い成績で終了した由。同じ教授の下で、今度は、会社のキャッシュフローの状態から、他の会社との経営状態の比較をするというテーマのクラスに出る由。もう、71か72歳だったと思うが、素晴らしい向学心。これは抽象的な勉強好きということだけではなく、投資をする上で、そこで得た知識を利用するためだそうだ。

こうして、勉学を続けるのは、老いに対する不安感もあるのだ、という。知的な能力が衰えるのではないか、という不安感。私も、それは同じように感じる、と申し上げた。適切な運動、食生活とともに、こうした知的な活動は、老化を防ぐうえで、一定の効果はあるだろう。だが、残念ながら、それだけで老化の到来が決まるわけではない。遺伝的な因子など、不可抗力の因子がある。我々を圧倒するような不安の思い、それを彼と共有する。だが、不安は、今日だけで良いのではないか、明日の不安はその日に思い煩えば良いのではないか、と思うのだ、と申し上げた。これは新約聖書に語られている言葉でもあるのだが、私は最近この思いを強くする、と申し上げた。彼が、その態度に共感を示してくださった。今日も、会って話すことができて良かった、と言ってくださった。

彼は近々奥様ともども、シアトルの近くの島を訪れ、お子さん方と一週間を過ごす予定とのこと。楽しい日そ過ごされるようにと申し上げて、お別れした。

そう、こうした、人生の機微にちょっとだけでも触れることができるような出会いがあれば、私は満足して、無線機のスイッチを落とすのである。

コメント

先週、宇都宮に行きましたが桜が満開でした。今日は秋田に来ていますが雪は殆ど消えています。

最近、無線に対する関心が急激に無くなっています。自然消滅しなければ良いのですが・・・

Re: タイトルなし

昨日は、驚きの降雪でしたが、今日は晴れているようです。また、庭仕事に精を出さねばなりません。近くにお出での節には、このブログのブログ主宛てのコメントででもお知らせください。どこかでお目にかかりましょう。無線は、なくなりませんから、また情熱が湧いてきてから復帰なされば良いのではないでしょうか。移動が多いようですが、お気をつけて。

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