記憶に残った交信二つ 

この数日間にお目にかかった方々のこと・・・メモ代わりに。

R7KZ Stan。21メガで東ヨーロッパ勢に次々に呼ばれて、ラバスタに嫌気がさし、そろそろ止めるかと思っていたときに、熱心に呼んでくれたこのコールの局。元K6WG、UU5JZのStanだった。彼は、1993年から12年間ベイエリアに滞在し、仕事をしていた。最後の仕事は、Icom USAの仕事だった由。これまであまり交信したことはなかった。2,3度だったか。70歳になった彼は、クリミアでリタイアし、奥様との平穏な生活を送っている様子だ。もともと出身は、ウクライナ東部であり、あちらでは現在も戦闘状態にある由。

Stanと言うと、共通の友人、Ken K7AO、元WA6IQMのことを思い出す。Stanがウクライナ(当時)に戻る道すがら、ラスベガス近郊に住んでいたKenを訪れ、長年無線の友人同士だった彼と直接会うことができたのだった・・・この話は、Kenからも直接聞いていた。彼らは1980年代からの知り合いだったようだ。Kenは、Stanと会ってほどなくして、亡くなられたのだった。

W7KFI Susan。彼女と直接会ったわけではない。彼女がハワイ滞在中しばしば運用していたKH6BBというクラブ局から出ていたMike KH6OOと交信をした。Susanは、以前のポストに記したとおり、メリーランドの退役軍人のための養老院に入ったらしい。アンテナが立てられないか、建てていないために無線にはまだ出ていないらしい。Susanの一人ぼっちの太平洋航海が始まってどれくらい経つことだろう。このブログでも何回か彼女のことを取り上げた。小さなボートに一人で乗り込み、北米西海岸からハワイにたどり着いたところで、足の骨を折るといったアクシデントに見舞われ、最後の数年間は、港に停泊したボートで生活をしていたようだ。もう70歳台半ばか・・・航海を続けるのを断念し、上記の施設に希望通り入所したということだ。Dan K2YWEが、その施設の近くのはずで、以前、彼女のことを話して、無線の面でバックアップしてあげてほしいと言ったところ、快く引き受けてくださった。Mikeにも、Danのコールのことを改めてSusanに伝えてくれるようにお願いした。Susanにとって、人生の新たな航海に船出した、ということか。

これ以外にも、楽しい、また記憶に残る交信、多数。太陽活動が活発な時期もそろそろ終わろうとしている。

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