生きてきたことは無駄ではなかった 

最近はさほどでもなくなったが、やはり小児科医として生きてきたことをことあるごとに思い返す。自分としては、精一杯学び、医療を行ってきたつもりだったが、あれでよかったのかという少し苦みの混じった思いだ。それに、開業医として長い間付き合った子供たちのこと。

今夕、家内がかわいらしい封筒を渡してくれた。私が、患児の一人から診察室で頂戴した手紙だった。どこかに置き忘れていたものだった。封筒の中身は、広告紙の裏に色鉛筆で私の名前、それにどういうわけか、私が仕事帰りに買い物をしていたスーパーの名前がある。送り主の名前は、「あすか」とあるが、姓は読み取れず。それに、これまた可愛いキャラクターのついたストラップが一つ、テープで張り付けてあった。診察中に頂いた記憶がうっすらあるのだが、誰からもらったのか思い出せない。おそらく4,5歳の女の子だった。

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考えてみるに、自分の人生は、この手紙、その背後にあるそのお子さんの気持ちで、十分報われているのではないか。そんな気持ちが、ふつふつと湧いてきた。何か医学や、医療で名を残すことではない。一人の患児にあたたかな感謝の気持ちを持ってもらえたこと、それだけで十分なのではなかろうか。

大げさになるが、マーラーの「復活」に出てくる、「生きてきたことは無駄ではなかった」という歌詞が、ふっと思い浮かんだ。人生で成し遂げられることは、少ない。こうして可愛い子供の記憶に私のことが残ったであろうことだけで、十分ではないか。この手紙は、そんな気持ちにさせてくれた。

O glaube: : Du wardst nicht umsonst geboren!
Hast nicht umsonst gelebt, gelitten!

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