欠陥だらけの安保法制 

一昨日、安保法制が成立した。この問題は、選挙でまともに争点にされたことがなかった。国会での議論をすればするほど、ずさんな法律であることが明らかになってきていた。現時点で大半の国民、大多数の憲法学者、多くの歴史学者、様々な専門の多くの研究者が反対を表明するなかで、現政権は国会で強行採決し可決させた。

この法律の問題点は、専門家から指摘されてきているし、今後もされ続けることだろう。メモとしてここに、問題点、欠陥を列挙しておく。

1 成立の背景に、米国が世界戦略を変更し、各地域の同盟国に軍事的な負担を負わせる仕組みの構築があった。でなければ、安倍首相が、国会で審議する前に、この夏までの成立を「米国議会で」約束し、拍手喝采を浴びるはずがない。現政権、官僚の顔の向いている先は米国である。我が国の自衛隊員の生命と、国民の財産を、米国、そのなかでもアーミテージ等の軍産複合体に差し出そうという法律である。2にも述べる通り、我が国の防衛に特化した集団的自衛権等ありえない。実際に、集団的自衛権行使で自衛隊を海外へ派遣し、戦争に加担することになれば、その人的、財政的被害は甚大となり、我が国は立ち行かなくなる。

2 集団的自衛権とは、国連憲章によって、戦後の冷戦構造が出来上がるときに規定された概念。国際紛争の際に安保理事会が機能するまでの間、暫定的に認められる権利に過ぎない。国家に固有の「自然権」ではない。過去のものとされるべき、国際関係上の軍事同盟そのものである。集団的自衛権行使の名のもとに戦われた武力行使、戦争は少なくとも11に上る。こちら。例外なく、大国が、その覇権、利権を維持拡大するために発展途上国で起こした武力行使、戦争である。我が国の防衛のためだけの集団的自衛権等歴史的にみてもありえない。

3 憲法違反であること。これはすでに多くのところで語られている。外国に赴き、そこで武力行使をすることは、憲法の禁じているところだ。これは、第二次世界大戦の苦い経験から生まれた英知である。政府与党が、合憲の根拠とした砂川事件判決は、集団的自衛権行使容認の合憲根拠にはなりえない。何となれば、同裁判は、米軍の合憲性を争った裁判であり、かつその最高裁判決には米国からの強い働きかけがあったことが、米国が公表した文書によって明らかであり、判決自体の正当性も問題になるからだ。この判決を合憲性の根拠に持ち出す胡散臭さを、多くの憲法学者が指摘している。

4 立憲主義、法の安定性を覆す、歴史的な暴挙である。憲法は、権力の暴走を制御する基本的な法律だが、それを解釈変更と称して、ないがしろにした。これを許すと、今後権力はいかなることも行使できることになる。まさにファシズムへの道を再び開くことになる。

5 法律を制定する必要性を示す立法事実を、当初政府は二つ挙げていた。ホルムズ海峡の機雷掃海と、避難する在外邦人を乗せた米軍艦船の援護である。前者は、武力紛争そのもにに巻き込まれることであり、現時点でその可能性はほとんどないことを政府自体が認めた。後者は、このブログにも依然記したが、米軍が他国の民間人の退避を行うことはない。さらに、国会審議の最後で、中谷防衛相は、これは必要条件ではないこと、在外日本人の退避の有無にかかわらず米軍艦船の援護をすることを明言した。ようするに、この二つの立法事実は、「事実無根」である。よって、立法の必然性に欠ける。

7 「後方支援」という概念は、国際法上ない。それは、国際的には兵站作戦そのものである。兵站行動は、戦争の中心的な行為であり、戦闘地域での後方支援という名の兵站作戦を行わないというのは詭弁。兵站を攻撃するのが、戦争の際の重要な作戦になる。後方支援をするということは、戦闘、戦争のど真ん中に入ることを意味する

8 徴兵制に関して、政府は、憲法で規定される苦役に該当するから、徴兵制を敷くことはありえない、という。が、立憲主義をないがしろにした政府が、ここで憲法を持ち出しても何の説得力もない。自衛隊隊員22万人の平均年齢は36歳。兵卒は高々4万人程度。今後自衛隊派遣が想定される中東、アフリカ地域では、白兵戦が想定される。そこで実働部隊として働く兵士は20歳台の若い兵士だろう。おそらく2万人以下しかいないのではないか。この年齢層の兵卒を補充する必要性が出てくる可能性が高い。徴兵制は、十分可能性がある。自民党の改憲案を読めば、国民の基本的人権は、公共の安定を乱さぬ限り、と規定されている。国民に徴兵制という苦役を要求してくる可能性は十分あるのだ。

今後、この悪法に対する戦いは続くはずだ。一つは、違憲訴訟が起こされる。上記の3、4からして、違憲の判決がでる可能性がきわめて高い。さらに、この法案に賛成票を投じた議員をことごとく今後の選挙で落とすことだ。国民主権を踏みにじった議員のことを忘れるべきではない。そのうえで、この法律を廃棄し、さらにこうした政府の暴走を防ぐ制度を組み立てるべきだろう。

政府与党は、この連休で国民は彼らの暴挙を忘れるはずだと国民を愚弄している。そうした扱いを受けていることを忘れてはならない。

コメント

健忘症の日米国民

2012年9月に一度お邪魔しました。2度目の訪問です。安保法制のもつ問題点について、どれもわかりやすく説明されており、理解を深めることができました。

今の私の思いも少し述べます。

「国家と資本家の利益のために、無益な国民の血がそこで流された。(中略)レイテ島の戦闘の歴史は、健忘症の日米国民に、他人の土地で儲けようとする時、どういう目に遇うかを示している。それだけではなく、どんな害をその土地に及ぼすものであるかも示している。その害が結局自分の身に撥ね返って来ることを示している。死者の証言は多面的である。レイテ島の土はその声を聞こうとする者には聞こえる声で、語り続けているのである。」 
大岡昇平 「レイテ戦記」30エピローグより

生前の大岡の言動には同意できないことが幾つもあるけれども、戦争のことを考えるとき、私はいつもこの言葉を思い出します。レイテ島で玉砕した工兵第26連隊に父は初年兵として入隊しました。別部隊に転属し、レイテ島には征かなかったのですが、父はいつも「軍隊は外に敵、内に鬼」と語り、味方の理不尽な命令と戦うことのほうが苦しかったと述懐していました。

今の自衛隊もまた、「内に鬼」を抱えているかのようです。父が生きていたら、この情況を何と言うでしょうか。
とくにこの一週間を振り返り、私は「その声を聞こうとする者」でありたいとの思いをさらに強くしています。健忘症にならないために。



コメントをありがとうございます。日本軍のなかの「内の鬼」ですか・・・日本軍軍人戦死者200万人中たしか120万人は餓死者であった、と読んだことがあります。軍隊組織はすべてそうでしょうが、とくに日本軍は、兵士の命をかるく扱ったようですね。

この安保法制で派遣される自衛隊員は他国の軍隊の兵站を担当するというのは、何かのブラックジョークなのではないか、と思いました。後方支援などという造語でごまかしていますが、実質は前線で戦闘に巻き込まれ、戦闘に加わることになるのは目に見えています。

立憲主義を破壊したこと、さらに海外での武力行使に道を開いたことは、安倍首相の大きな犯罪的行為だと思います。この重大性を、次の世代に語ってゆかねばならないと思います。

今回の安保法制制定の過程で、マスコミが国民の扇動に大きな役割を負っていることを改めて感じました。チョムスキーが1990年代の著作「メディアコントロール」で端的に記したとおりの事態が進行しているように思えます。マスコミの限界も人々に語らなければなりません。

今後ともよろしくお願いいたします。

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