監視社会の問題 

中国で監視カメラの数が、2000万台を超したとして、スパイ防止法との関連で報道されている。監視社会の到来だというわけだ。監視カメラは、おそらく中国の共産党独裁体制を維持するために用いられているのだろう。

一方、我が国も負けてはいない。監視カメラの数は300万台を超している。犯罪捜査に用いられ、特定の人間の同定が、何千万のカメラ画像から瞬時に行えるようなシステムが構築されつつあるらしい。

国民の人数は、中国14億人弱、日本は1億人だ。単純な人数あたりのカメラ数で行くと、カメラ密度の点で、日本は、中国を超えている。ある意味、日本は、中国以上の監視社会になっているともいえる。今のところ、犯罪捜査にだけ用いられている、という建前であるが、本当のところは分からない。

監視カメラの利用を規制する法律はないらしい。また、第三者がそれをチェックするシステムもない。

当局は、マイナンバー制度、盗聴制度等によって、個々の国民の経済活動、さらには思想、政治信条まで把握しうる。権力は、それ自体を自己目的化し、その力を拡大しようとする。さらに、権力は必ず腐敗する。国民のプライバシー、基本的人権にかかわるこの状況を、透明性のあるものに変える必要があるのではないのだろうか。

中国の監視社会を他人事としてのほほんとしていて果たして良いのだろうか。

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