マイナンバーを国民のものとするために 

「世界」12月号、神保太郎氏の記すメディア批評に、「政府目線のマイナンバー報道」という記事があった。

マイナンバーの報道が、すべからく政府目線であることに対する批判だ。

民間企業が個人情報漏えいを起こした場合、漏えいされた人に対して、経済的な補償が行われる。マイナンバーに賛成の立場をとる全国紙は、こうした個人情報漏えいのリスクと、それに対して必要となる補償にはほとんど触れていない、ということだ。今回の年金機構の個人情報漏えいには、補償は行われず、問題がうやむやにされてしまっている。1999年宇治市で住基台帳を基にした乳児健診データ22万人分が漏えいした事件があった。それに対して、一件につき1万5千円の補償が行われた。それと同じだけの補償が、今回の年金機構の漏えいで行われるとすると、187億円の出費となる。個人情報漏えいのリスク、それに対する補償の問題をしっかりと詰めておく必要がある。

この制度は、国の徴税に用いられることになる。国民の収入、支出、資産が、国税当局に把握され、徴税がきわめて容易になる。国の借金返済を見越して、徴税が強化されることは明らかだ。国は、それを狙っているわけだ。

その国の都合だけでよいのか。神保氏が指摘するのには、国が支出すべき生活保護の支払いは、「申請主義」になっており、それが必要な人々にとって、手続きは容易ではない。特に、親の介護のために退職し、生活保護以下の収入で生活せざるを得ない「老後破産」の状況にある人々が放置されている、という。マイナンバー制度によって国民各々の経済状況が把握できるのであれば、そうした人々を行政の側で把握し、生活保護受給を進めるべきではないか、ということだ。

もっともな主張である。是非、行政側から率先して、困窮している国民の救済に動くべきだろう。マイナンバーが本当に「自分のための」ナンバーになるように、行政は制度設計をすべきなのだ。今のところ、行政は徴税強化、天下り先確保だけを優先しているように思える。




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