ぶざまなマスコミ 

安倍首相の年頭記者会見を聴いた。例の第二のアベノミクス(この言葉はさすがに使わなくなった)の自画自賛と、将軍吉宗を持ち出して、桜の木を植えようという話である。享保の改革を行った吉宗を自らになぞらえたかったのだろうか。首相ともなれば、自らの政策をアピールすることが、こうした記者会見の目的だろうから、この繰り返し聞かされた内容の会見も分からぬでもない。

だが、問題は、記者たちの質問だ。我々に関心のある、過去3年間の政策の結果についての質問はただ一つだけ。それも外国の記者が行った質問だった。デフレ脱却をしたというニュアンスの発言が首相からあったが、実際に脱却できているのか(すなわち、アベノミクスは失敗だったのではないか)という質問である。論点を一つに絞った明確な質問であった。首相は、デフレから脱却する目途がたったというあいまいな言葉で答えていた。お得意のはぐらかし、ゴマカシである。

首相、政権がすぐにでも対応すべき問題は多数存在する。桜を植えるなんて言っている暇はないはずなのだ。沖縄の辺野古への基地移転・建設の問題、日本国中から提起されている安保法制の違憲訴訟、少子高齢化への具体的な対処、貧困層の拡大の問題等々である。我が国のマスメディアの記者たちは、こうしたことについて尋ねない。むしろ、首相の言いたいことを誘導するような質問ばかりだ。政治家に対するそれなりの敬意は、結構なのだが、政策・政策の結果に関する真剣勝負を首相・政権と行うのが、記者会見という場なのではないか。政権と対峙し、問題を浮き彫りにしようという態度が全く見られない。お先棒担ぎのマスメディアにはうんざりさせられる。

我が国の報道の自由は、「国境なき記者団」の評価で2015年は61位と大きく後退した。2010年には11位だったことを考えると、ダントツの後退だ。政権与党の締め付けもあるだろうし、秘密保護法成立という要因もあるのかもしれない。が、マスメディアが、政権に批判的なスタンスを自ら放棄し、政権の翼賛体制になっていることが問題ではないだろうか。

我が国の財政破たん・近い将来確実視されている東京での直下型地震そして原発の深刻事故の再現などによって、我が国が財政的に立ち行かなくなったときに、こうした翼賛体制のマスメディアは、我が国の全体主義国家化に大きな役割を果たすことになる。

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://nuttycellist.blog77.fc2.com/tb.php/3849-c945a3cf