参院選の争点 

事前の世論調査では、来月10日の参議院選挙では、与党が勝利を収めるとの予想が出ていた。

これだけ国民は痛めつけられ、また将来の危機にさらされようとしているのに、正直驚きだ。

アベノミクスとやらの莫大な金融緩和・財政出動の政策、これは自民党政権がこれまでも繰り返してきた政策で、現在の天文学的な国の借金を積み重ねる原因になった。株価は一時的に上がり、円安で輸出企業を中心に大企業の業績は上がった。だが、大企業の内部留保が記録的に大きくなっただけで、実質賃金は下がり続けた。さらに増えたというふれ込みの雇用も非正規雇用が増えただけだ。国内需要はむしろ収縮している。日銀は、300兆円以上を市場に突っ込んだが、その9割以上は国内経済に流通していない。日銀のバランスシートが棄損されただけだ。株価も今回の英国のEU離脱決定で暴落している。半分以上を株式に投下している我々の年金資金、おそらく記録的な減少をしているはずだ。どう考えても、アベノミクスとやらは格差拡大に寄与しただけで、国民のためにはなっていない。

東アジアの安全保障環境が飛躍的に悪化している、したがって米国との軍事同盟をさらに強化しなければならない、と政府は言う。その具体的な政権の対応が、昨年生まれた安保法制だ。立憲主義を踏みにじったという手続きの瑕疵はさておき、この軍事同盟強化は一体何のためなのか。

最近、矢部宏治著『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』を読んだ。これはイデオロギー的な書物ではなく、戦後の歴史を丹念に調べ上げ、公文書に一つ一つ当たって記された好著だ。現在の憲法9条の規定と、世界有数の米軍基地を持つ日本の不条理がどうして出現したのかを著者は問う。憲法9条は、制定当時、国連軍・安全保障理事会が存在し、機能することを前提に作られた。国民も、それを歓迎した。だが、冷戦の始まり・朝鮮戦争の勃発により、米軍軍部の意向通り、日本をいつでもどこでも米軍基地に使用させ、また米軍への兵站援助を行うことが定められた(基地権)。有事の際には、自衛隊は米軍指揮下に入ることも定められている(指揮権)。日米安保、日米地位協定で定められぬ基地権・指揮権に関する実務は、日米合同委員会・2+2という「秘密会議」で決められる。(米国の基地権は当然のこと、米軍が指揮権を持つということは驚きだ。)日米合同委員会の日本側Nr2に代々ついている法務省官房長は、事務次官から検事総長になるしきたりになっている。従って、この秘密委員会は、日本の安全保障のみならず、経済から司法の領域までカバーする。米国の要人は、いつでも直接日本に入国できるようになっており、そこに国境はない。いわば、日本には独立した主権がないわけだ。

そのような状況を、法的に固定化するのが、安保法制なのだ。日米安保には、有事の際に米軍が日本の防衛に当たるという明確な規定はない。安保法制が、わが国の安全保障のためである、というのは欺瞞だ。上記の米軍の世界戦略を補佐し、また米軍の肩代わりを自衛隊にさせるための法律である。独立国としての主権が存在するかどうか、の問題だ。

東アジアの安全保障は、専守防衛を徹底すれば良いことだ。世界有数の軍事力を持つ、自衛隊によって、自国の防衛に特化することだ。これまで冷戦の時代を含めて、それで自国防衛を果たしてきた。いたずらに近隣諸国との軋轢を増す政策を止め、専守防衛に限定した武力を持つことで十分なのだ。自国の主権を明け渡しつつ、米軍に隷属することはない。

日本は、もう一度痛い目に合わないと覚醒しないのだろうか。冷戦が終了しても、なおかつ冷戦時代の体制を維持しようと、政権は必死になっている。その必死さは、これまでわが国が歩んできた平和主義の道から大きく外れている。そこを国民が理解するかどうか、だろう。

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://nuttycellist.blog77.fc2.com/tb.php/4044-3e4efade