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慰安婦問題についての安倍首相・マスコミの対応 

ブログ「机の上の空 大沼安史の個人新聞」によれば、最近、「慰安婦問題」について、二つの出来事があったようだ。

一つは、4月17日、吉見・林教授が外国特派員に対して行った、記者会見。終戦後の戦争犯罪裁判の記録中に、慰安所が日本軍部によって開設され、維持され、拡大されたことが明示されている。これは政府も知っていたはずの資料ということだ。この記者会見の内容は、世界各国に報道されたが、日本のマスコミはほとんど無視したらしい。

もう一つ、4月21日付け、安倍首相のニューズウィーク・WSJ誌記者との会見。安倍首相は、これまで慰安婦には日本軍部は関わっていないと主張していた。この記者会見では、それを180度変えて、日本に責任があることを認めた。米国訪問を前にして、前言撤回した様子。

安倍首相よ、本心は一体どちらなのか。訪米が終われば、また慰安婦には責任がないとする意見に戻るのか。それは許されないことだ。それとも、17日の歴史研究者の記者会見により、自らの意見を変えたのか。これまでの見解から、このように変えた理由を説明し、その経過を踏まえた謝罪とをするべきではないのか。毎日新聞の大淀事件報道みたいに、うやむやはだめだ。

慰安婦問題は、日本人にとって、正直できれば避けて通りたい問題だが、それは加害者の論理に過ぎない。被害を受けた方々、国民からの言葉に耳を傾けなければならない。マスコミも腰を引いた報道では困る。真正面から報道すべきだ。

付け足しになるが、外務省は、WSJ記者に対して、記者会見の前に、盛んに接触し、接待を持ちかけたらしい。厳しい質疑を安倍首相に行わないように依頼する目的だったらしい。その事実も、WSJ誌上で報道されたらしい。官僚は、接待され、接待するのが日常茶飯事になっているのか。みっともないことこの上ない・・・。

コメント

外交音痴

政治家も官僚も、揃って外交音痴なんですよ。戦後からずっと、なぁ~んにも変わりません。ただ、それだけのことです。ですから、せめて私たちハムだけでも、良きDXerでありましょうよ。

政治家や官僚が保身の為にそうした動きをするのは力学としては有り得ますが、日本の報道機関が何も国民に知らせないというのは首をかしげてしまいますね。いったい日本のジャーナリズムはどうなってしまったのでしょう?

それにしてもSUSHIで接待をされそうになった、なんて暴露されちゃって、恥ずかしくないのでしょうかね、外務省の面々。国内でもタウンミーティングのヤラセがあったしなぁ。国会の論戦も、55年体制の名残で、まだまだ緊迫感が乏しいですよね。質問される事項が分かっていたら、勉強するはずがない。言わば、政治家のカンニングです。

日本のマスコミも、記者クラブという一種の温室にい続けること自体が問題です。きっと、接待も受けているんじゃないでしょうかね。

慰安婦について

時々拝見しておりますが、初めてコメントさせて頂きます。現政府の医療政策の失態は看過できぬところですが、いわゆる慰安婦問題については、安倍首相に同情の余地があります。
 まず吉見教授らの報告は数年前に朝日新聞がスクープしたものであり、結局軍部のよい関与(朝鮮の民間業者の慰安婦に対するあまりにひどい待遇、搾取を見兼ねて、かかる業者を排除し、健診を徹底し、充分な報酬を確保:将官クラスの数倍の年収)のみであることが判り、マスコミが尻すぼみになってしまったアレです。軍部の強制連行などという証拠を必死に捜していた朝日は、捜せば捜すほどこのような「よい」関与しかみつけられず、ついに広義の強制性などというすり替えに走ったのでした。それがわかっているので、日本のマスコミはスルーしたのです。WSJ記者へのコメントでは、この当時の世界中が同様の、広義の強制を弱者に押し付けていた中で、日本も例外ではなかったと、ある意味、世界中の国々への批判が込められています。また、親に売られた慰安婦たちをこれ以上追い込まないための民間基金であったのに、それを政治利用しようとしている卑劣な集団があり、これと正面から戦うことは、惨めな慰安婦をますます追いつめることでしかないことを安倍首相は知っているのです。
 しかるべき文献にあたれば以上のことはすぐにわかりますよ。

ZENKEIさん、初めまして。

慰安婦問題については、まったく門外漢ですが、安倍首相がこれまで言ってきたことは、日本軍の関与を否定することがベースであったような気がします。米国議会での謝罪要求と、ブッシュのそれへの同調で、少しスタンスを変えた様子ですが、基本的には、日本会議等の主張する路線なのではないですか。

まだ決着のついていない慰安婦問題について、私には議論する知識も余裕もありませんが、最近の日本政府は明らかに軍部関与の否定という方向に進んでいるように思えます。

それが、安倍さんが、こうも簡単に、見解を変えるとは、一国のリーダーには相応しくないように思えます。米国の日本のナショナリズム批判にも様々な思惑があるのでしょう。烈しく動く国際関係のなかで、上手く立ち回ることも必要なのでしょうが、これはそれにしても頂けません。変えるのであれば、その理由をきちんと説明すべきです。外と内で言うことを変えるようでは困ります。

Guardian誌などにも、安倍首相のこの会見を痛烈に批判する記事が載っていました。

慰安婦について・つづき

お返事頂きありがとうございました。慰安婦問題に関しては、結構リアルタイムで追いかけており、多少は知識があると自負しております。軍の関与として、政府が否定しているのは、いわゆる狭義の強制性(軍による強制連行がそれにあたる)であり、それに対して、軍部は確かに慰安婦を募集していたので(慰安婦募集のビラが資料として提出されています:その月給は兵隊の数十倍以上)、慰安所の管理(慰安婦ならびに兵の健康管理が目的)と併せて、これを軍部の関与というなら、それを否定することはできない、ということでしょう。マスコミによる歪曲報道で、その真意がつたわりにくいようですが、基本的なブレはないように思います。この問題は、アメリカにある反日勢力(中共、南北朝鮮系)の陰謀とも結びついており、安倍首相としては、慎重に動かざるを得ないということでしょう。かの勢力からすれば失敗で元々、日本にダメージを与えられれば大もうけということです。これが騒ぎになれば、一番傷つくのは年老いた慰安婦であり(親と祖国に裏切られた怨念を、せっかく日本政府主導でつくられた基金で慰められていたのに)、それが判っている政府の要人(まちがっても河野洋平ではなく)の優しさを、日本人は感じるべきです。

いや、安倍首相は軍部の責任を否定しようとしていたのではないですか。それが、米国議会で謝罪要求決議が出ると、河野談話の線まで後退した、と理解しています。そして、今回の記者会見につながる、と。

確かに、米国の日本ナショナリズムバッシングの背景には色々な動きがある様子ですが、首相たるもの、しっかりした歴史認識(安倍風の表現)にたってぶれないで頂きたいものだと思います。

狭義の強制性ですか。これについてはいろいろな集団のトップが実に上手く利用してきたのが日本もふくめた古今東西の人間ではないでしょうか。
最近ニュースでよく見るようになった原子力発電所のトラブル隠しなども似たような構造を持っているように感じます。

現場で働く職員は、事故が公にされれば、新しい原子力発電所の建設着工が遅れることを恐れる雰囲気が現場にあり、正確な事実を言うことをはばかる雰囲気があったと証言しています。

「雰囲気」はおそらく上司からの直接の指示、命令なしに醸し出されてきたものでしょう(実際にはあったのかもしれませんが私にはわかりません)。しかし、それは実際に現場に存在し、大多数の人間がそれを感じていたのです。

太古の昔から、集団のトップに立つものはこの「雰囲気」を大切に(注意深く取り扱ったと言った方がいいのか)してきたのだと思います。第二次世界大戦でもその「雰囲気」を効果的に使ってきました。連合国側も、枢軸国側も。その後も、今に至るまで国家や宗教団体等の集団の規模は異なりますが、皆「雰囲気」を巧みに扱ってきています。

その「雰囲気」(従軍慰安婦の問題では、広義の強制性と言ってもいいのかもしれません)を紙に書いていないからということで、認めないというのであれば、それは木を見て森を見ずということです。第二次世界大戦の中の従軍慰安婦という視点を常に持っていないと、ことの本質は見えてこないのです。そして、そのように本質を見えなくするような方向に持っていこうとする「悪」を私は注意深く排除しなければならないと考えています。

注 「悪」というのは、谷川俊太郎の「いきる」に出てきた言葉をイメージしたものです。

OSさん、貴重なご意見をありがとうございます。第二次戦争中、中国に出征した亡き父親が、繰り返し日本軍のあちらでの悪行について語っていました。こうした歴史的な問題は、過去の問題ではなく、現実の国際政治の真っ只中にある問題で微妙な側面もありますが、基本的には、事実を認め謝罪することだろうと思います。その事実には、公文書だけでなく、OSさんの仰るようなことも含まれるのだろうと思います。

もう一度慰安婦について

 管理人さん、こんにちは。
 だいぶ遅れたレスになってしまいましたが、もう一言だけ。
 ろくに検証もせず、とりあえず事実を認めて謝罪してしまったのが、あの河野洋平だったわけで、おかげで大変な禍根を残してしまいました。
 客観的な事実が見つけられないのであれば、歴史的検証を続けるべきで、絶対に政治利用されてはなりません。
 医師は、性善説にたって仕事をしていますから、可哀想な被害者の立場にたちたいという気持ちは判りますが、一方、医師が一般人と異なっている点(医師として大事な資質)は、物事を情にとらわれず「理」でみれることだと思います。
 以前とは異なり(やっと変な空気が一部破れて来た?)、様々な意見が書籍でもネットでも展開されています。
医師として、これらを眺めれば、どこに「理」があるか、自ずとわかるでしょう。

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