資本主義の停滞と、極右への傾斜 

一つ前のポストに挙げた、この亡霊のような組織が、政治の表舞台に躍り出てきたのか。そして、社会に蔓延する排外主義、そして極右とも呼べる保守化への傾向は一体どうして生まれてきたのか。最近読んだ、水野和夫氏・白井聡氏等の著作を参考に、まとめてみる。まとめるといっても、複雑な事象が絡まっているのが現実で、その理解のための手がかり、備忘録みたいなものだ。

戦後の冷戦が終わり、わが国の保守政党、政治家は、反共産主義という動機・目的を失った。それは、日米安保に乗っていれば、自らの存在が保証された体制の終わりであった。現在の政権は、対米隷属を今まで以上に行うことで、その不安定さ、空白を埋めようとしている。が、それはいまはなき冷戦構造にしがみつこうとすることに他ならない。一方、対米隷属と相反することなのだが、第二次世界大戦を戦ったわが国の政治体制の肯定とサンフランシスコ条約体制の否定という国家主義の流れが以前からあり、そこに、戦前のエスタブリッシュメントの末裔である、安倍首相のような政治家が乗って、戦前への回帰を唱えだした。対米隷属と、戦後民主主義の否定は相いれず、近い将来破綻が来るはずだ。だが、現在の安倍政権はその矛盾する道をひた走っている。

新自由主義的な経済政策で経済格差が進み、持たざる者が固定化した。彼らは、排外主義をとる国家主義的な政治思想に親和性が高い。偏狭な国家主義にあっては、格差が見かけ上なくなる。持てる者も、持たざる者も等しく「愛国者」になる。この国家主義への傾向は、新自由主義経済が世界を覆いつくしたことにより、世界各国で芽生えている。これは、わが国だけでなく、世界の動きを支配することになるかもしれない。きわめて危険な動きだ。新自由主義経済がなぜ世界を席巻したかといえば、資本主義経済の行き詰まりがあるのではないだろうか。「利潤を上げ続け、成長をし続ける」という資本主義の基本理念がすでに維持できなくなっており、新自由主義経済体制によって、その矛盾が極限に達したということなのではないだろうか。

わが国は、確実に国力が減退する時期に入っている。特に若者は、意識しているかいなかに拘わらず、それに大きな不安を感じているはずだ。現在年齢が低くなるほど、自民党支持率が高くなる傾向があるという。それは、若者の漠然とした不安、現在の状況が続いてほしいという根拠のない希望の現れなのではないか。現政権のアベノミクスとは、日銀の信頼を毀損しつつ行われる、大規模な金融緩和と財政出動だ。それは、自民党が景気刺激策と称してこれまで繰り返し続けてきた政策に他ならない。根本的な解決にならないばかりか、将来に禍根・負担を残す政策なのだが、目の前の株価は上がり、円安で輸出産業を主体に一時的な景気の改善が見られる。それによって生じる多幸感に酔いたい、酔っていたいという気分が、保守傾向を強めさせているのではないか。これは前段の資本主義体制の行き詰まりとも関係している。1990年代以降、電脳資本主義と呼ぶ、経済活動のすべてを証券化し、ネット空間で大きなレバレッジをかけて行う金融経済活動が一時的なバブルを生み出した。が、リーマンショックにより、それがバブルであったことが如実に明らかになった。実体経済の数倍の金が世界中で、利益を上げるフロンティアを求めてさまよっている。そのターゲットが、各国の中間層になっている。それが露見したのが日本の現実なのではないか。その点で、この若者の不安は、資本主義経済の行き詰まりに起因すると言える。

この経済的な停滞が、上記のわが国の保守政治の国家主義への回帰傾向とリンクしたのが、現在進行しつつあるわが国の右傾化ではないか。この危機的な停滞状況を打破する方策は、見出されていない。何らかの大きなパラダイムの変化が必要なのだろう。現在の安倍政権が進めている経済金融政策、戦前の政治体制への回帰では、物事が解決しないことは明らかだ。我々自身の生き方の変革から始まる、維持可能で共生できる経済社会体制の構築が必要なのだろう。

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