老いることに抗して 

数日前、マーラーの交響曲をベッドサイドのステレオで聴いていた。今に始まったことではないが、バイオリンの最高音が聞き取りにくい。あたかも、バイオリンパートがどこか遠くに行ってしまったようだ。今更ながら、聴覚の衰えを改めて自覚した。高音域が聞こえにくくなっているということは、楽器の倍音が感知しずらいということだ。それは、楽器や演奏の音色を本来の在り方で認識していないことを意味する。なんのことはない、ありふれた加齢現象の一つだ。だが、私自身のこれからを考えると、これまでまだ聴いたことのない素晴らしい音楽を聴くことなく、人生を終えることを意味する。それは少し寂しいではないか・・・。現実には、これまでの音楽経験から、おそらく聴いている内容を頭の中で補正して聴いているのかもしれないが、人生の残された時間・・・それが、とても短くなっているとは必ずしも思わないが・・・に、聴いておくべき音楽を聴きそびれてしまうのではないか、と思った。

それに、さまざまなジャンルの本も私の周りに山積みされている。自分や社会に関する様々な事象、できごとを理解するために、必要な読書が残されている。それにも、時間を割くべきだと改めて思った。読書には、理解力は前提だが記憶力を必要とする。それが、だいぶ怪しくなり始めている。その劣化を食い止めるためと、生きているうちに世界を、自分を理解するためにまだまだ読書し、考える必要がある。

で、これまで自分の時間をもっとも多く割いてきたアマチュア無線から手を引く、ないしそれに割く時間を極力少なくすることに決めた。考えると、無線にカムバックして以来、40年間近く経とうとしている。その間に、無線を十分楽しませてもらった。無線の環境も大きく変化した。インターネットの普及により、無線を通して会話する機会が激減した。これまで惰性でCQを出し続けてきたが、あれは時間の無駄遣い以外のなにものでもない。意味のある交信ができた満足感でリグのスイッチを切ることがめっきり少なくなった。

無線から距離を置くもう一つの要因は、現在のわが国のアマチュア無線を指導し、活性化させるべき方々の理不尽な振る舞い・やり方だ。彼らは、アマチュア無線を私物化しているように思える。アマチュア無線免許制度の合理化や、規制緩和と逆の方向に向かっている。JARLは、社員総会で、執行部に批判的な理事を罷免した。JARD・TSSは、保証認定という意味のない制度で利益を上げることだけを考えている。JARDの主催している養成講座も、外国の免許試験制度に比べると、きわめて割高だ。アマチュア無線界をリードするべき彼らのそうしたやり方に対抗する術は私にはない。できるとすれば、アマチュア無線から離れることだ。彼らのやり方では、アマチュア無線は衰退するばかりだと確信する。だから、アマチュア無線の衰退の流れに沿って私もアマチュア無線から離れる。それが、彼らへの消極的な否の表明でもある。あと数年もすると、JARLは財政的に立ち行かなくなるのではないか。JARLと同じ方向を向くJARD・TSSも同じ運命だろう。彼らの没落を早く、確実に来させるためには、JARL会員を辞めること、そして彼らの金儲け事業にのらないことだ。まだ無線から離れて数日しかたっていないので、将来にわたって断言はできないが、私は、こうしてアマチュア無線を食い物にする連中から離れる積りでいる、または規模を大幅に縮小して彼らとはできるだけ関わらないようにする。

考えてみると、これまで無線によって人生を豊かにしてもらったと思う。そうした友人たちと距離ができるのは残念なことだが、インターネットがあるではないか。私に親切に相対して育ててくれた先輩の多くは、すでに生きていない。私も、できる範囲で無線の相手をすることでニューカマーの方の手助けになればとも思ってきたが、あの古き良き時代の運用をしてみようという方はごく少数になった。ニューカマーでは、ほとんどいない。多少後ろめたい気もするが、私がactiveに出るかどうかはあまり関係ないだろう。

老化は、意識的に抗していかないと、どんどん進む。抵抗しても進むものだが、老化に抗して、この年代にしかできないこと、自分の人生の最終章にしておくべきことをできる範囲でやってゆこう。無線機に連続して数日間灯を入れないことは、過去40年近くほとんどなかった。addictionに近い状態だったが、無線から距離をおいて清々とはいわないまでも、余分の時間ができて生活の時間の流れを実感するようになった。これは現状逃避の消極的な決断ではなく、将来に向けての私の積極的な決断だ。老いるなかで、さらに自分を実現させて行こう。

コメント

生存証明です。
 私の耳も加齢により高い周波数の音が聞こえなくなっています。
 
 実は電子機器の製造工場で集音器(補聴器と呼ぶには厚生省の認可が
必要とか?)を試作していまして、5(kHz)周辺を持ち上げる
イコライザ特性を持ったアンプで視聴しますと、パソコンの
キーボードを叩くときのクリック音がなんと、さわやかに聞こえる
ではありませんか。
 
 毎年の聴力検査はOKでしたが、私の耳も限界に来ているのかなと
思われます。
 簡単な回路ですが、改めて自然界のFBな音が聴けることに感動です。

Re: タイトルなし

私の場合、まだ補聴器は必要ないとは思うのですが・・・高い周波数領域の聴力以外に、何か理解する高次中枢も老化し始めているようです・・・ま、老化自慢はこの辺で 笑。

おはようございます。
昨夜、NUTさんの文章を読んで、しばしうーーん、と考え込みました。
小生はNUTさんよりも(たぶん)10歳ほど年下なのですが、2011年春に早期退職して、無線三昧の日々を過ごしています。
JARL首脳陣に対する怒りや、現在のアマチュア無線界に対する無念さも、私なりに共有できていると思います。
JARLが日本のアマチュア無線の足を引っ張っていることも、少しずつ明らかになってきていて、JARLを退会する方が増えつつあるのも認識しています。
NUTさんのお気持ちもよく分かります。
それでも、時折無線機から聞こえてくるNUTさんの、ハイスピードのCWを聞いていると、なにやらほっとするのも事実です。
それぞれのハムにそれぞれの人生があり、無線の辞め時もまたそれぞれだろうとは思うのですが、NUTさんがキーを触られなくなるというのは、非常に寂しい思いがするのです。
とりとめのないコメントになりましたが、お許しください。

Re: タイトルなし

おはようございます。

このポストに記しましたことは、私の個人的なことで、JARL・JARD等の問題は、そのほんの一部に過ぎません。でも、このスプリアス保証の話を知ったときには、脱力感に襲われたことも事実です。このような方々がリードし、おそらくは利権をむさぼろうとしているアマチュア無線というものに興味がスッと失せた、といところでしょうか。私なぞいなくなっても、何も変わらないとは思うのですが、やる気が失せてしまったのです。

でも、最終的に、完全に辞めるとはまだ決めておりません。現在のJARLが潰れて、新たなアマチュア無線制度ができたら復活するかもしれませんし、ほそぼそと電波を出し続けるかもしれません。まだ分かりません。

今のところ、無線に費やしていた時間とエネルギーを別なことに向けて、人生の最終章を記してゆきたいと思っています。無線から逃げるのではなく、新たな目標に向けて歩き出す、という気持ちでおります。寂しいなどと言ってくださるのはOMくらいのもので、7メガが以前よりもすっきりして良い気分だという方が多いことでしょう 笑。OMの楽しみ方でぜひ無線をお続けください。このブログで、または別な機会にお目にかかりましょう。

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