自分に言い聞かせること 

今年、7月11日にこのブログにアップした「木の葉の揺れる音」という拙文に、アマチュア無線の先輩の方が、私宛のコメントとして「心静かに逝きたいものです」という言葉を残してくださった。彼は、その後1か月ちょっとで突然帰らぬ人となった。時々、このブログでほっとするようなコメントを残してくださる方だった・・・いつもブログ主だけに宛てたコメントだった。

昨日、姉からメールがあり、私たちの亡き父の職場での友人だったTさんの奥様が亡くなったことを知らせてきた。88歳とのこと。ご夫妻ともに物静かな方で、血気盛んであった父を理解し、おそらくなだめてくださったのだったのではないだろうか・・・私が、まだ小学生のころことでおぼろげな記憶しかない。Tさんは結核の回復者の方で、敬虔なキリスト教徒でもあった。奥様も控えめな、Tさんにふさわしい方であった。ご子息も信仰をご両親から受け継ぎ、母上の葬儀で喪主を務められるらしい。

当然のことながら、60歳代も半ばを過ぎると、こうして身の回りで、一人また一人と亡くなってゆく。老年期は、人生の実り豊かな収穫の時期でもあるのかもしれないが、それにもまして、自らの人生に別れを告げる時期でもある。このまま亡くなって良いのか、といつも自分に問いかける。争いではなく、お互いに理解しあい支えあうことだ。そして、あとに遺す者に負担を与えぬことだ。人生の小春日和のようなこの時期がいつまでも続くことはない。それを日々自分に言い聞かせることだ。残された時間は決して長くはない。

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