業務上過失致死罪は、原則医療に適用すべきではない 

医療は、病気というリスクを抱えた患者に、時に危険を伴う治療行為を行う仕事の総体であるから、時に予期しえない副作用、場合によっては患者の死亡という痛ましい事態になることは、避けられない。犯罪的な医療行為がなされた場合を除き、そうしたケースに業務上過失致死罪を適用することには反対だ。同罪の適用が行われると、積極的な医療は行えなくなる。当ブログを付け始めたころ、大野病院事件の関連で何度かこの問題を取り上げたことがある。

下記の論説では、業務上過失致死罪適用に道を開く医師法21条の改正が、行政処分の拡大に結び付くことが述べられている。2015年、死亡診断書(死体検案書)記入マニュアルが改定されて、診療関連死であっても外表異常の場合のみ警察へ届けることになってから、届け出は大幅に減少している。著者の井上弁護士は、医師法21条改正ではなく、刑法211条に規定される業務上過失致死罪の規定から診療関連死を除外することを目指すべきだと主張している。

井上弁護士の主張に賛成だ。群馬大学で明らかになった内視鏡手術事件のようなケースに対する対応は今後必要だが、業務上過失致死罪の適用は医療を萎縮させる。医療現場が萎縮せずに、業務に携われることを念願している。

以下、引用~~~

医師法21条の単独改正はすべきでない

この原稿は月刊集中10月末日発売号からの転載です。

井上法律事務所 弁護士
井上清成

2016年11月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
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1.医療の内側は解決し、外側へ

医療事故調論争は、平成28年6月24日の改正省令と一連の厚労省通知によって、事実上、終止符を打った。あとは、個々の医療機関ごとに、「すべての死亡症例の管理者の下での一元的チェック」の体制を整え、院内での医療安全管理を手堅く進めていくことが肝要である。以上をもって、医療の内側に関する論争は決着した。

次は、医療の外側の未解決の問題に焦点が移っていくことになろう。それは、医師の刑事責任の問題である。現状、医療過誤が刑法211条の業務上過失致死傷の罪責に問われうる、というのは異常な事態と言ってよい。

2.不条理な構図から、脱却へ
たとえば、国立国際医療研究センター病院のいわゆるウログラフイン事件では、レジデント個人の未熟さが直ちに過失と断定されて、業務上過失致死罪での刑罰に直結し、さらには、医業停止3ヶ月の行政処分へと至った。他方、病院
システムに不備のあったその病院自体や、管理責任のある病院幹部は、ほとんど責任を問われていない。

そもそも法原理的に、「未熟さを過失犯として処罰してはならない。」はずである。ところが、上記事件で典型的に現われているとおり、「医師個人の未熟さ+病院システムの不備=医師個人の刑事過失犯」という不条理な構図に嵌まってしまっている。

また、病院幹部は、現場の医師に「過度に危険な業務」としての診療業務に携わらせている、という意識に乏しい。今ここで強調したいのは、患者にとって「過度に危険な」という意味ではなく(その側面は、「医療安全」「医療安全管理」の問題である。)、医師にとって「過度に危険な」という意味である(この側面は、「労働災害」「労務管理」の問題である)。つまり、現場の医師は、不備のある病院システムの中で、ちょっとしたことで「業務上過失致死傷罪」に問われうるという「過度に危険な」業務に従事させられている、と言ってよい。

このような二重の意味での「不条理な構図」から脱却しなければならないのである。

3.行政責任とのトレードオフに、注意を
一般に法律の世界では常識であるが、刑事責任を免除、軽減する際には、その代わりに、行政処分を拡大することが要求されてしまう。刑事と行政処分とのバーター取引と言ってもよい。

現在、医道審議会を経た医師法に基づく行政処分については、保険診療報酬の不正請求を除けば、ほぼ刑事責任が確定したものをそのまま受けた形に限定されている。論者によっては、行政処分が軽すぎる、または、少なすぎる、といった批判も提示されていた。そのような論者は多く、行政処分の数(重さではない。)を増やすべきである、と論じている。3ヶ月以下の医業停止処分を増
大させたい、もしくは、戒告処分を増大させたい、というものらしい。

つまり、二重の意味での「不条理な構図」を現実に脱却させようとした途端、行政処分数の増大圧力が加わってしまう。しかしながら、この「行政責任とのトレードオフ」の肯否については、これまで必ずしも医療者は十分に意識しておらず、また議論もして来なかったように思われる。今後、慎重にではあるが、十分に議論をせねばならないところであろう。
いずれの方向を目指すにしても、「行政責任とのトレードオフ」は、要注意である。


4.医師法21条単独改正、大損に注意を
業務上過失致死傷罪を巡る「不条理な構図」を脱却させるためならば、敢えて「行政責任とのトレードオフ」を甘受すべきとの決断もやむをえない、という論者もいるかも知れない。なお、医師法21条だけの単独改正であっても「行政責任とのトレードオフ」を甘受すべきである、という論者も存在するらしいが、少なくともそれは明らかに「損な取引」である。
医師法21条だけの単独改正をしてしまうと、業務上過失致死傷罪の改正議論は半永久的に消失してしまう。せいぜい良くて、業務上過失致死傷罪の運用を謙抑的にするといった程度でしかない。それでは、取引としては損であろう。

特に、現状においては、すでに「医師法21条の猛威」は去っている。警察の統計によれば、医師法21条等の届出件数がそれまでの年間10~20件から年間80件に激増したのは2000年のことであった。その後は100件台に増加したまま推移し、2004年には199件にまで達している。近時でも88件(2014年)であった。
ところが、外表異状説(外表面説)が定着し、死亡診断書(死体検案書)記入マニュアルが改定された2015年には、年間47件にまで一気に激減し、2000年以前の水準にまで戻っている。つまり、すでに「医師法21条の猛威」は去った。そうすると、わざわざ単独改正をして、行政処分数の増大とのバーター取引をする必要がない。
したがって、医師法21条だけの単独改正は取引としては大損でしかなく、よって、医師法21条単独改正はすべきでないのである。

5.今後の展望―刑法211条単独改正
今後の方策としては、刑法211条単独改正、刑法211条・医師法21条一体改正、医師法21条単独改正といった選択肢が考えられよう。しかし、すでに述べたように、医師法21条単独改正はありえない。

次に、刑法211条・医師法21条一体改正については考えられうるが、診療関連死以外の一般の犯罪の見逃し防止という観点を踏まえると、やはり医師法21条の改正は難しいところがある。医師法21条は、一般犯罪との関係で言えば、社会秩序維持のための最低限の社会的インフラとも言い得よう。そうすると、診療関連死を除外しつつ、一般犯罪についてだけは医師法21条を機能させるようにするのは、立法技術的にはなはだ難しい。

むしろ、医師法21条には触れずに、刑法211条から診療関連死だけを切り分ける方が立法技術的には容易である。刑法211条の業務上過失致死傷罪から診療関連死を除外し、診療関連死の特質に即して限定化・明確化した犯罪類型を、医師法または医療法に新設してしまう。そして、その際の限定化・明確化の鍵は、過失概念の限定化・明確化という従来型の枠組みではなく、故意犯としての限定化・明確化となるであろうと予想される。

今後は、諸々の要素を慎重に検討しつつ、刑法211条単独改正の議論を注意深く進めていくべきであろう。

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