誰が何のために和解するのか? 

安倍首相の真珠湾での演説を書き起こされたもの、虚心坦懐に読んでみた。

和解とは、何か紛争、離反があることが前提である。

安倍首相は、何を和解しようと言いたかったのだろうか。

どうも真珠湾攻撃自体、それから始まる太平洋戦争が和解の対象らしいのだが、それらの事象の主体が不明だ。また、そうした歴史がなぜ生じたのかも明らかでない。彼は、第二次世界大戦はわが国が外国を侵略したものではない、という立場に立つ。それの帰結は、東京裁判、サンフランシスコ講和条約の否定だ。その立場は、米国の立場と鋭く対立する。内外の歴史学者・文化人が安倍首相に公開質問状を送り質したように、中国・東南アジアの国々との和解をしないのか。

さらに、現状で日米間に何らかの軋轢があって、それを和解するという意味があるのか。日米安保条約、日米地位協定という枠組みで、わが国は米国に隷属する関係にある。沖縄では人々が辺野古への基地移転を反対しているのに、それを強行しようとしている。新たにできる基地は、200年は持つだろうと言われている。国土の0.6%にすぎぬ沖縄の土地に、日本全国の米軍基地の7割を押し付けておいて、さらに基地を永続化しようとしている。そうした米国への隷属関係をそのままに、何の和解なのか。

こうしたあいまいな形で、誰が何のためにかを示さずに、ただ和解するというのは、誤魔化しではないか。美辞麗句が連なっているが、和解の主体、理由が不明で、その演説に接する者の感情にだけ訴えかけようとする内容であることが分かる。これは、post truthの政治家の常套的な演説手法だ。物事の本質は捨て置いて、ただ感情に訴える。それにまんまと乗せられる大衆がいる。

昨夕のテレビニュースをちらちらと見ていると、この真珠湾訪問、そしてこの演説の「意義」を持ち上げる報道一色だ。なぜこれほどまでに無意味な演説の問題を指摘するマスメディアがないのだろうか。

安倍首相がハワイに出発する直前、マスコミの記者たちと恒例の「忘年会」を開いたらしい。忘年会の費用は、国費で賄われている。




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