『魔笛』公演 1977 お茶の水女子大学 徽音堂 

あれから40年が経った・・・大学時代、オケの有志が、お茶の水大学音楽科3年の演ずるオペラ「魔笛」のためにオケを組み、伴奏した。時は1977年11月同大学の学園祭「徽音祭」。場所は同大学、徽音堂。

伴奏オケを編成する、すなわち奏者を招聘するのは、音楽科の学生たち。そのオケに呼ばれるのは、一種のステータスだったので、夏休み前後になると、声がかかるかと内心心待ちにしていた(笑。これは、私が大学オケのチェロのトップを弾いた年だったか・・・。夏休み後、週一回程度の練習を数回行い、本番に臨んだ。歌い手たちの多くは顔見知りで、彼女たちの歌いっぷりに感心をしながら、オケピットで弾いたのを思い出す。もっとも、男性のパートは、かなり無理があったが・・・。アドリブできわどいセリフが出てくるので、つい聞く方に集中してしまい、出そこなったこともあったような気がする。例の「夜の女王のアリア」を歌った方は、その後NHKの歌のお姉さんをしばらく務めていたような記憶がある。オペラは苦手で、「魔笛」もちゃんと見たこと、聴いたことがないのだが、最後の方で、和解の四重唱があった記憶がある。すばらしい響きだった。

お茶の水女子大のキャンパスは、オケの練習で毎週末定期的に訪れていた。以前のポストにも記したが、女子大といっても、男子学生が目立つ。週末のクラブ活動のために他大学からやってきた学生だったのだろう。正面玄関を入ると、100m前後先方に、古めかしい建物が見える。そこが徽音堂だ。木製の内装で、音響効果が素晴らしい。響きすぎるでもなく、ちょうどよい音量のあたたかな残響が心地よかった。

こんな下らぬ思い出話を記そうと思ったのは、その「魔笛」のプログラムが、書庫から偶然出てきたためだ。オケ奏者や歌い手の名が懐かしい。このプログラム、実物はこの画像の半分以下のサイズなのだが、細密画の出来がすばらしい。学生が描いたものだろう。現代のPCで作成されるプログラムとは違い、ここにも暖かみがある。この演奏会に出演した人々、みな還暦を過ぎているはずだ。元気にしているだろうか・・・。

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お茶の水女子大を紹介するヴィデオクリップ。最初の方に、徽音堂が出てくる。これは戦前からの建物なのではないだろうか。このエントランスの両側にそびえる銀杏の木。当時から聳え立っていたが、ますます立派になった。ぜひ、徽音堂、この銀杏ともに、これからも長く生き延びてもらいたいものだ。

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