看取りの医療 

栃木県益子町に西明寺という古いお寺がある。wikiより、こちら。有名な益子町の陶器市場のある街並みから、少し南に入った小高い丘の上に、ひっそりと佇んでいる。我が家を訪れる外国の友人と一緒に、また時には一人で、年に一、二度訪れる。観光客は多くはない。こうした古い名刹の境内ではよくあることだが、人影のまばらな同寺を訪れると、時間の流れが止まったような感覚に襲われる。

そのお寺のある丘の麓に、普門院診療所がある。西明寺の住職であり、なおかつその診療所の院長であった、田中雅博氏が逝去なさった。田中氏とは面識はなかったが、父が存命だったころ、一頃同診療所にお世話になっていたことがあった。緩和ケアを行っていたことは知っていたが、ご自身が過去3年ガンを病んでおられたことは知らなかった。

医療が発達すると、医療は最先端の医学を応用する側面と、もう一つは、患者の最後を看取る終末期医療に枝分かれする。もちろん、小児科や、ありふれた成人病のケアのような領域も残るが、その「枝分かれ」の流れは確実に生じる。田中氏は、患者の最後を看取る医療のバックボーンに自らの曹洞宗の信心を抱いておられたのではないだろうか。医師にとって、かって死はいわば避けるべき敗北であったが、終末期医療では、死を取り込まなくてはならない。それには、宗教的なこころの在り様が、求められるのではないだろうか。その点では、医師は必然的に宗教者であるべきなのだろう。もちろん、自らの信仰や、宗教的教義を、死に行く人に押し付けたりするのではなく、死という人生の大きな過程をのり越えようとする方に寄り添うために、自らも死を生きることだ。田中氏がどのように終末期医療をなさっていたのか、残念ながら知る機会はなかったが、きっと自らの宗教的信念をもって看取りを行っておられたのだろう。

ご冥福をお祈りしたい。

以下、引用~~~

田中雅博さん死去
17/03/23記事:朝日新聞

 田中雅博さん(たなか・まさひろ=内科医、西明寺住職)21日、膵臓(すいぞう)がんで死去、70歳。西明寺は栃木県益子町益子4469。25日に近親者だけで密葬を行う。
 
 東京慈恵会医科大卒。74年、国立がんセンター(当時)に入り、内分泌部治療研究室長などを務めた。寺を継ぐため83年に退職。住職のかたわら90年、緩和ケアも行う普門院診療所を境内に建設した。
 
 宗教者が、死期が近い患者らの心の奥の苦しみに対応する必要性を80年代から提言。ローマ法王が呼び掛けた国際会議にも4度招かれた。14年に自らに進行性のがんが見つかってからも、患者らのケアにかかわる宗教者の育成に努め、昨年結成された「日本臨床宗教師会」の顧問も務めた。著書に「がんで死ぬのは怖くない」など。

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