医療における行政処分の量産化 

これから仕事を始めようとする若い医師は、災難なことである。医療事故には、すべて責任が問われ、たとえ刑事責任は逃れられても、行政処分は免れないことになるようだ。

井上清成弁護士の論考は以前から何度もここで取り上げている。彼は医療の現状、医療事故の本質に詳しく、適正な見解をそうした問題について表明し続けている。

「官僚主義が医療を荒廃させる」で述べた通り、官僚は、医療システムを支配することを目論んでいる。

医師に対する支配は、教育、研修、専門医制度そして医療事故対応によって、為されることになる。井上弁護士が述べる通り、刑事犯罪として取り扱わぬ代わりに、行政処分を受け入れさせるという方向で、官僚は制度設計をするようだ。これは、医療事故の原因を究明し、減らすこととは逆行する。医療事故は、刑事犯罪化・行政処分化しても原因が明らかにならず、減少することはない。例えば、WHOの医療事故に関するガイドラインにそれが示されている。こちら。

医療事故に対する行政処分数の増加は何をもたらすか。医療制度への影響をどのようにして減らす積りなのか。行政処分を「きめ細かく」行えば、医療費の表面的な削減ができると官僚は読んでいることだろう。地域医療を行う医師を確保するという名目で、この数年間、医師の大量増産を始めた。行政処分が常態化すれば、行政処分でマンパワーが減っても、医療が直ちに立ち行かないということはないという読みではないのだろうか。しかし、行政処分を受けやすい、リスクのある専門に医師が進まなくなることは確実だ。専門性の偏在を、専門医制度でコントロールする積りかもしれないが、うまくゆくだろうか。数の上だけでは、コントロールできたとしても、医師のやる気を削ぐことは間違いない。医療の倫理は、強制によって確立し維持されることはない。医療が倫理的に荒廃する状況が見えてくる。

この医療事故の行政処分化の背景には、官僚の天下り先確保があることは確実だ。行政処分を担当する行政部門の肥大化、行政処分に伴う研修を担当する組織の設立等々、永続的な天下り先が確保されることになる。

医師は、注意義務違反という本来避けえない、行政処分の対象になるエラーに怯えつつ、仕事を続けることになる。ヒューマンエラーの大きな原因である労働環境の問題等は、これまで通り、そのままにされる可能性が高い。

結局、こうした行政の医療支配は、医療を荒廃させ、国民がその負の影響を被ることになる。

以下、MRICより引用~~~

行政処分の量産化への蠢き

この原稿は月刊集中4月号(3月31日発売号)掲載予定です。

井上法律事務所 弁護士
井上清成

2017年3月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
1.2016年度医道審医道分科会の現状
厚生労働省医政局医事課の所管の一つに、医師法(歯科医師法)に基づく医師(歯科医師)免許に対する行政処分がある。毎年2回ずつあるのが通例であり、医道審議会医道分科会の答申を受けて、医師(歯科医師)への免許取消・医業(歯科医業)停止・戒告の行政処分を行う。
2016年度は、2016年9月30日と2017年3月3日に行政処分が公表された。9月30日は医師15件、歯科医師15件の計30件。3月3日は医師12件、歯科医師6件の計18件。つまり、2016年度1年間では医師27件、歯科医師21件の合計48件であった。その48件の内訳は、ほとんどが一般犯罪で有罪とされたものである。
そのうちで目を引くのは、診療報酬不正請求17件と医療過誤としての業務上過失致死罪1件であろう。いずれも医業停止3ヶ月とされた。

2.行政処分の量産化
まず、診療報酬不正請求が17件というのは、多すぎる感がしよう。1年間の行政処分件数48件のうち、約35%を占めていて、処分事由としては最多である。現状は、診療報酬不正請求が医政局医事課による行政処分の数量を下支えしていると言ってもよいかも知れない。不吉なことではあるが、今後も増加していきそうに思う。
次に、医療過誤に業務上過失致死傷罪を適用するのは妥当性を欠くことなので、その1件を0件としたいものである。実際、その1件は国立国際医療研究センター病院で起きたレジデントによるウログラフイン誤投与の事案であったが、本来はそのレジデントが刑事被告人になるように導いてしまった病院幹部の運用こそが非難に値しよう。ただ、運用レベルでの改善では限界があるので、法改正をしてでも、医療過誤での業務上過失致死傷罪は廃止して、この理由での行政処分はゼロとしたいところである。
しかしながら、行政処分の量産化という観点からは、一部の厚労医系技官らによって長年にわたって潜かに目論まれているのが、医療過誤の行政処分化である。もしも刑事罰を経ずとも医療過誤を行政処分化することができれば、診療報酬不正請求をはるかに上回る行政処分件数が確保されうるであろう。医療過誤の行政処分化は、行政処分の量産化という政策目標にとって、最もフィットした方策なのである。

3.厚労科研「医療行為と刑事責任」の開始
2017年3月10日、医政局医事課の所管で、厚生労働科学研究として、「医療行為と刑事責任」の研究が開始された。その研究の方向性は、次のようになっていくものと予想されよう。たとえば、「医療行為への刑事責任の追及は、極めて限定すべきである。少なくとも、医療行為への業務上過失致死傷罪の一般的な適用は、除外しなければならない。しかし、無謀な医療という類型、単純ミスという類型には、何らかの限定された責任を問うべきである。無謀な医療には、それに適した故意犯、故意犯と過失犯の結合犯・結果的加重犯、または、重過失限定の過失犯といった選択肢の下で、特別の刑事犯創設の議論を進めるべきであろう。そして、単純ミスに対しては、医療過誤を行政処分化するという条件の下で、刑事犯から除外しうる方向とするべきである。」といった具合いであろうか。
何らかの責任追及は行わねばならないことを大前提とした上で、刑事責任と行政処分のトレードオフを行おうとする考え方と言ってもよい。もともと、医系技官、医療団体幹部、法律家の一部には、そのような考え方に親和性を持つ者がいた。そのため、今回の厚労科学研究でも、そのような考え方が指向されていくことが予想されるのである。

4.行政処分化の参考モデルー第二次試案等
刑事責任と行政処分のトレードオフを行おうとする考え方は、かつて、医療事故調査制度の第二次試案(2007年)・第三次試案(2008年)となって具体化されたことがあった。
たとえば、「診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する試案―第二次試案―」においては、行政処分の在り方については、ズバリと、「行政処分は、委員会の調査報告書を活用し、医道審議会等の既存の仕組みに基づいて行う。」「個人に対する処分のみではなく、医療機関への改善勧告等のシステムエラーに対応する仕組みを設ける。」と明言している。つまり、医療過誤の行政処分化そのものであった。
また、その「第三次試案」も同じであり、「システムエラーの改善の観点から医療機関に対する処分を医療法に創設する。」「医師法や保健師助産師看護師法等に基づく医療従事者個人に対する処分は、医道審議会の意見を聴いて厚生労働大臣が実施している。医療事故がシステムエラーだけでなく個人の注意義務違反等も原因として発生していると認められ、医療機関からの医療の安全を確保するための体制整備に関する計画書の提出等では不十分な場合に限っては、個人に対する処分が必要となる場合もある。その際は、業務の停止を伴う処分よりも、再教育を重視した方向で実施する。」として、行政処分の量産化や医療過誤の行政処分化を指向していたのである。
つまり、医療過誤の行政処分化については、診療報酬不正請求くらいを目途にして件数をほどほどに増やし、かつ、その処分の程度については医業(歯科医業)停止3ヶ月以下か戒告の程度を想定しているものと推測されよう。

5.医療過誤の行政処分化は慎重に
しかしながら、そもそも、行政処分の他の事由とは異なり、医療過誤は刑事責任にも行政責任(行政処分)にもなじまない。今までに行われてきた議論は、医療過誤には本来は刑事責任があることを暗黙の前提としつつ、それと行政処分とをトレードオフすることによって、刑事責任を謙抑的にして行政責任にスライドさせようとする試みであった。しかし、それは、そもそも追及されるべき「責任」があるという前提に呪縛された議論にすぎない。今後の議論は、刑事責任も行政責任もそもそも存在していないことを前提に、議論の再構築をしていくべきなのである。
医療過誤の行政処分化には慎重でなければならない。

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://nuttycellist.blog77.fc2.com/tb.php/4622-18751e0e