昔のログ 

今朝いつになく早く目が覚め、定番のトーストの朝食を取り、無線機の前に座った。7メガしか開いていない。ヨーロッパがDL辺りまで何とか聞こえる。何局か簡単な交信。DL1BUGがFOCメンバーだが、CONDXが悪く、ラグチューはまともに出来ず。Z3の局でFT101Eを現用中の局がいた。QRZ.comの彼のページを見ると、もう50歳はゆうに超えている様子だが、10歳台の写真もあり、それに同じモデルが映っていた。同じ機械らしい。40年前後使い続けているのか。WARCに出られないのが不便だが、よく働いている、とのこと。

少し下を聴くと、KH2LがCQを出している。強力な信号。今までに交信したことはあっても、ラグチューをする方ではなかったような気がしたので、彼が呼ばれず、立ち去るまで、しばらく聞いていた。例によって、QRZ.comの彼のbioを読むと、1960年代後半にKA2EPで日本からオペレートしていたことを知った。そのころ、私も米軍補助局の方と知り合いになり、お宅にお邪魔したことがあった。関東村だったことだけは覚えているのだが、コールや名前は思い出せない。KH2L Edにメールをしてみた。すぐに返答があって、当時私と会った可能性は大いにある・・・思い出せないが・・・とのことだった。JA1AEA、Yaesuの創始者JA1MP等とは会った記憶があるらしい。

無線を始めた1963年から、大学受験のためにQRTした1969年までのログ、9冊の大学ノート、が奇跡的に保存されていた。大学に入ってからはオケに夢中で、無線にカムバックすることなど微塵も考えていなかった。このログも、廃棄されるべき運命だったのだが、どういうわけか、どこかにしまい込まれて生きながらえた。自作の無線機はすべて処分。無線関係の機器で残ったのは、HK3という縦ぶれ電鍵一つのみだった。

で、ログをすべて見直してみた。残念ながら、Edのコールを見つけることはできなかった。二つ三つのKAコールはログにしっかり記録されていた。当時、軍補助局という位置づけだったKA局は、交信が禁じられていたわけだが、KA局の方から呼ばれたこともあったようだ。昭和40年前後でまだ占領時代の名残があったのだろうか。懐かしいコールもいくつも見つけた。WB6CWDはたしか現在のK6AR Jimだ。K6KII CliffがKG6AAYとしてグアムから運用していたときにもお会いしていた。今もコンテストにactiveなJohn K4BAIはHL9KQで出ていたようだ。懐かしいWのelmerたちのコールも勿論記録されている。HL2DC Leeと最初にあった時、彼はプサン在住でそちらの大学生だった。コールはHM8DC。ZS6QU、CR7IZ、DJ2BW、ZS1XR、ZS5KI、JA7FWT、JA3JYX、JA1EQM、JA1FHX等々懐かしい・・・。

もう一つ、昔のログを眺めて気づいたことは、QSOの記録が通り一遍であったこと。再開してからは、交信内容をかなり細かに記録し、ノート1ページをまるまる一つの交信の記録に割くこともあったほど。だが、この1960年代のログは、一交信に一行と決めてあったように、余計なことは記入していない。当時からラグチューの真似事はやっていたはずなのだが・・・後で、交信局数を勘定するのに都合の良いように、そうしていたのかもしれないが、当時は何しろ局数を多くすることに主眼を置いていたということだろうか。コンテストも、のべつくまなく出ていた。あ~~あ、これに費やした時間を別なことに費やしていれば、と思わなくもないが・・・これはこれで楽しんでいたのだから、良しとすべきだろうか。

・・・と、とりとめないことを思いながら、昔のログを見返したことであった。Edを今度聞いたら呼んでみよう・・・。

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://nuttycellist.blog77.fc2.com/tb.php/4724-6aeba43e