公安警察と政治権力 

以前にも記したが、青木理氏は、共謀罪によって公安警察が、政治を監視し、支配する恐れがあることを指摘する。今回の法案で、確かに、選挙関連の犯罪等政治家がからむ事案は対象犯罪から除かれているが、通信傍受等の捜査が自由に行えるようになれば、公安警察が政治権力に絡んで暴走するリスクはないとは言えない。この法案をロクな議論もせずに、成立させようとしている政治家達は自分たちが公安警察から監視対象になるとは思ってもいないことだろう。この場合の監視は、公共治安のためではなく、警察という公権力の拡大を目指すための監視だ。

与党政治家は、野党政治家の監視のためにこの法律を利用する積りかもしれないが、それはもろ刃の剣で、自らにいつ襲い掛かるか分からぬものなのだ。プーチンのような公安警察上がりの人物が、政治を牛耳ることになるかもしれないのだ。

警察と自衛隊は、物理的な実力行使のできる組織だ。それらが、ひとたび暴走すると、取り返しのつかない大きな問題になる。それを未然に防ぐのが政治の役割なはずなのだが、与党政治家には分かっていないのかもしれない。でなければ、立法事実に事欠く、こんな杜撰な法律を作ろうとはしないはずだ。

青木氏がこのインタビューで述べるように、この法律によって国民が監視対象になるのは確実だ。だが、政治権力も監視対象になる可能性がある。

いずれにせよ、最終的に災禍を被るのは、国民だ。

以下、朝日デジタルから引用~~~

際限ない捜査、警察は求める 「共謀罪」青木理氏に聞く
聞き手・後藤遼太2017年5月15日07時06分

 「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織的犯罪処罰法改正案が国会で議論されている。政府は「テロ対策に必要」との立場だが、捜査当局による乱用や「表現の自由」などの侵害を危惧する声もある。

特集:「共謀罪」
 長く公安警察を取材してきたジャーナリストの青木理さんは、あえて「捜査する側」の視点に立って、法案の問題点を指摘する。

 《政治や社会の矛盾に声を上げる人が疑われる社会は健全か。》

 公安警察を長く取材してきた。警察官の立場から「共謀罪」を見てみよう。

 「共謀罪ができればテロを防止できる」と政府が言う。真面目な警察官であれば何を考えるか。犯罪が起きる前だから、供述が立証の柱になる。それだけに頼っては冤罪(えんざい)だらけになる。もっと物証が欲しい。

 「通信傍受を縦横無尽に使いたい。司法取引も」と考えるだろう。テロリストが重要な話し合いをメールや電話だけで済ませるとは思えない。アジトなどの室内を盗聴する「密室盗聴」もさせてほしいとなる。真面目に捜査しようと思えば思うほど、「もっと武器をください」となる。

 日常的に、捜査当局が「こいつは罪を犯す可能性がある」と見なす個人や団体を監視しなければならなくなる。事前に取り締まろうとすれば、そうせざるを得ないからだ。

 本来は「一般市民が対象になるから危険だ」という議論はしたくない。「普通の人」だろうが、そうでない人だろうが、罪を犯してもいない段階で取り締まるということ自体が異常だからだ。お上にまったく盾突かない、政権に無害無臭な人は対象にならないかもしれない。しかし、社会に異議申し立てする人が片端から捜査対象になる社会は、断じていい社会ではない。

 2010年に、警視庁公安部の内部資料と見られる情報がインターネット上に流出した。国内に住むイスラム教徒が捜査対象になっていた。イスラム教徒というだけであらゆる情報が吸い上げられていた。

 警察がモスク前で24時間態勢で監視し、出入りする人を片端から尾行。電話番号や銀行口座記録から接触した人や家族の交友関係まで調査していた。そのような手法を、ある公安警察幹部は「点が線になり、線が面になる」と説明してくれた。

 治安組織とは古今東西、社会体制の左右問わずそういうものだ。アメリカの国家安全保障局(NSA)は、わずか10年で世界中の電話や通信を盗聴するような化け物に育ってしまった。

 警察は全国津々浦々に30万人の人員を配置し最強の情報力を持った強大な実力組織だ。仮に秘密法や共謀罪のような武器を与えるなら、何かあったときに暴走しない仕組みをきちんと作るのが政治の役目だ。警察という実力装置の怖さに政治が無自覚であるということは、政治の劣化だ。

 共謀罪を導入しても、テロが起きる可能性はある。そのときが怖い。社会がファナチック(狂信的)になり、メディアや社会も一緒になって「もっと捕まえろ」「もっと取り締まれ」と暴走するのではないか。オウム事件を取材していた時を思い出す。警察はあらゆる法令を駆使して信者を根こそぎ捕まえた。当時、幹部が「非常時だから、国民の皆様も納得してくれる」と話していた。

 公安警察的な捜査対象が際限なく広がる。誰だって安心して暮らしたいが、日本人1億数千万人を24時間徹底的に監視すればいいのか。安全安心を究極的に追い求めれば、自由やプライバシーは死滅する。果たしてそれでいいのだろうか。(聞き手・後藤遼太)

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