自衛隊指揮権の所在 

我が国の自衛隊艦船による、米軍艦船の援護が行われるようになった。政府は、その詳細を明かそうとしない。

これは、自衛隊の指揮権にかかわる問題だ。

我が国の警察予備隊が保安隊と名を変えられ、自衛隊への歩みを始めたころ、旧日米安保条約が結ばれた。同条約の第3条では「合衆国軍隊の日本国内およびその周辺における配備の条件は行政協定で決定する」とされた。旧日米安保条約の実行細目となる、日米行政協定の交渉をする際に、この条文の具体化に関連して、米国は、以下のように主張した。

「日本区域内で、敵対行為が発生した場合、またはいずれかの当事国が敵対行為の窮迫した脅威があると認めるときは、合衆国は日本国政府と合意のうえ統合司令部を設置し、その司令官を任命することができる。この司令官は・・・すべての日本国保安組織に対して、作戦指揮を行使することができる。」

すなわち、有事に際して、自衛隊の前身、保安隊の作戦指揮を、米軍の司令官が行う、ということだ。

ところが、これでは国内に受け入れられないと当時の吉田首相は判断し、米側の担当者マーフィー駐日大使と交渉を行い、上記の有事の際の保安隊の指揮権を米軍に渡すことを、密約として提案し、米国もそれを呑んだ。表向きは、日米行政協定第24条で、わが国近辺での有事の際に、直ちに協議を行う、と定められたが、背後には、米軍の指揮下に入るという密約があったのだ。

その後、旧日米安保条約が岸内閣時代に改訂され、日米行政協定は、日米地位協定と名を変えた。日米行政協定第24条は、改訂された新日米安保条約の第5条に吸収された。が、上記の吉田・マーフィー密約は日米安保条約改訂後にも受け継がれた。沖縄密約、核密約、裁判権密約、事前協議密約とともに、自衛隊指揮権密約は、日米安保の実体の根幹をなした。1963年度、三矢研究として大きな議論を巻き起こした昭和38年度統合防衛図上研究では、有事の際には自衛隊の指揮権は米国に所属すると明言されている。

2年前の2015年度日米ガイドラインが改定された。その意味は、日本有事、周辺有事という地域概念が取り払われ、日米共同軍事行動のグローバル化が強調されたことだ。そのうえで、平時の共同司令部設置を意味する「同盟調整メカニズム」、実際の両軍の作戦策定・運用のための組織「共同計画策定メカニズム」が設置された。実質的に自衛隊が有事のみならず平時から米軍指揮下に入ることを意味している。

海上自衛隊艦船が米軍艦船を援護する、という事態は、この自衛隊指揮権の流れのなかで見ると、平時から自衛隊が米軍指揮系統下に入ったことを意味している可能性が高い。集団的自衛権容認、安保法制制定の一つの帰結がこれだ。安倍政権は、自衛隊指揮権に関わる密約を現実の政治に引き上げた、ということだ。戦後レジームの脱却を唱え、愛国心を唱道する安倍首相は、我が国を米国へ隷従させ続ける。

以下、dot.asahi.comのこの記事を参照。

以上の記載に際して、以下の記事、書籍を参考にした。
1)前田哲男 自衛隊を指揮するのは誰か 「世界」 2017年4月号 213ページから 岩波書店
2)矢部宏治 「日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか 2016年 集英社インターナショナル

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