こういう官僚がいたから、日本の国は維持されてきた 

前川氏は、東大法学部学生時代、仏教者の集まりに参加していたらしい。若い時代から、「目に見えるもの」以外の世界を探求する人物だったのだろう。

官僚になって、文科省初等中等教育企画課長時代、小泉政権の義務教育の国庫負担金削減方針に明確に疑問を呈した。こちら。政権側が、こうした発言を許していたという鷹揚さもあったのだろうが、官僚としてはなかなかできるものではない。

事務次官になる前、審議官の時代に、国会前で行われた安保法制反対のデモに参加している。政権が官僚に締め付けを強めるなか、高級官僚としては、大きなリスクを負っての止むにやまれぬ行動だったのだろう。

そして、自らの責任ではなかった天下り問題の責任をとって、事務次官の職をきっぱり辞めている。あったものを無かったことにする行政の私物化に対して、反旗を明確に翻したわけだ。

彼に対する政権・官邸の攻撃は、尋常ではなかった。プライバシーをあげつらったり、事務次官の職に恋々とした等と、マスコミを使って、卑劣な攻撃を続けた。

その彼が熱意をもっているのが、恵まれぬ人々に対する教育の問題だ。その課題に自ら身を投じている。いじめなどによって学校に行くのがつらく、死ぬことまで考えているような生徒に、彼は学校に行くなと述べている。学生は、権利者であって、義務を負っているのではない、と。担当官僚だった人間が、ここまで学生のことを考えているのを知って、感動する。

彼を卑劣な方法で貶めようとする勢力と、彼といずれが正しいのかは、こうしたことを観れば明らかだ。彼を個人攻撃した官邸の人間は、その過ちを認め、謝罪すべきだ。彼らに日本の行政・経営を担当する資格はない。だが、彼らは、まだ官邸担当の記者たちを使って、政治と行政の私物化を進めている。

以下、引用~~~

 9月1日付ハーバービジネス 

「夏休み明け、死にたいくらい辛いなら、学校に行くな!」前川喜平・前文科省事務次官が子供たちに呼びかけ

“学校に行かない”キャンペーンをしたいくらい

「日本中の、学校に行きたくない子供に言いたい。死にたくなるぐらいの気持ちがあるのなら絶対に学校に行くな!」

 前川喜平・前文科省事務次官が8月20日、東日本大震災の被災地・宮城県南三陸町で行われた講演会でこう呼びかけた。その講演会とは、東北6県の高校生約50人が参加した「U-18東北次世代リーダーカンファレンス」(NPO法人「キッズドア」主催)。

 前川氏はこう続けた。

「『学校はどうしても行かないといけない所』という強迫観念が日本中を未だに覆っている。これをいかになくすのかが大事です。“学校に行かない”キャンペーンをしたいぐらいです。これから2学期が始まります。(夏休み明けが)本当に危ないのです」
※講演のときはまだ夏休み中

学校に行くのは、子供の「義務」ではなく「権利」

 男子高校生が前川氏に質問をした。

男子高校生:僕の学校に『学校に行かないといけない“義務”がある』という先生がいるのですが、それで学校を休めなかったりして心を痛めている人が友達にいます。どういうふうにお考えですか?

前川氏:「死にたいぐらい学校に行くのが嫌だ」とか、「またいじめられてしまう」とか、ものすごく辛い思いをしながら学校に行っている子供は多いわけですよね。いじめによる自殺は後を絶たない。学校に行って、死にたくなるくらいの思いをするのなら、絶対に学校に行くべきではない。

 自分の命が絶対に大事なのであって、命よりも学校に行くことを優先する考え方はまったく馬鹿げています。義務教育の「義務」というのは、親のほうの義務なのです。憲法第26条第二項、「すべての国民は法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負う」とあります。

 つまり「保護する子女に受けさせる」というのは、「親が子に対して教育を受けさせる」ということ。義務教育の義務が課されているのは親、保護者のほうなのです。

高校生

前川氏の話に、約50人の高校生たちが真剣に聞き入った

 子供は権利者なのです。「(憲法第26条にある)すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」とある。子供は権利者なので、これを「学習権」と呼んでいるわけです。

 その学習権は、学校に行かなければ満たされないのかというと、そんなことはない。学校以外にも方法がある。だからフリースクールが存在しているし、フリースクールで学んで立派な社会人になった人もたくさんいる。学校がすべてではない。

 むしろ、学校に行ったら死にたくなるぐらいなら、絶対に行ってはいけない。そんな危険なところはないでしょう。命をかけてまで学校に行くべきではないんです。だから、学校外で学ぶ場を正面から認める法律ができたんです。

 学校に行けないこと、行かないことに負い目を感じる必要はない。「何か悪いことをしているのではないか」とかという気持ちを抱く必要はまったくない。もっと明るく不登校をするといいと思います。私のこの考えは、文科省の中でもかなり異端なのですが、この新しい法律ができたことでだいぶ変わってきています。

前川氏は「福島駅前自主夜間中学」という公立夜間中学で、手弁当での講師もしている。

夜間中学で講師のボランティアをする前川氏

「公立夜間中学」とは、不登校や貧困などを理由に中学で十分に学ぶことができなかった、15歳以上の人たちが夜間に通う学校だ。各地方自治体が経費を負担して運営している。すでに全国に31校あるが、東京や関西に集中しており、東北や北海道には一校もなかった。そこで「東北にも作ろう」と思い立った民間団体が、まず「自主夜間中学」を福島駅前で週1回始めていたのだ。

 私塾としてスタートして住民や自治体関係者らに必要性を認めてもらい、税金で運営する公立夜間中学の設立につなげようという”二段階作戦”だが、この活動を知った前川氏は自らボランティア講師を買って出ていたのである。東京と福島を往復する交通費も自腹だという。

 前川氏は「人にはいくつになっても学ぶ権利がある。夜間中学は義務教育の最後のよりどころだ」と語る。
「埼玉県川口市や千葉県松戸市、札幌市で公立夜間中学をつくる動きがでています。ぜひ福島市でも動き出してほしい。(全国で12万人いる)不登校の生徒にとって、公立中学のほかに別の中学があることはとても大事です。学校が辛くなったら、行かなくていい。

 そして、学齢期に学べなかった子どもたちに教育の機会を与えるために、特別な時間帯に開かれる学校が必要です。私は学びたい人たちが十分に学べる場を作る仕事をしていきたい。前文科事務次官の肩書きがどこまで通じるかわからないが、もしそれがなくなったら『福島駅前自主夜間中学』の前川喜平という肩書きで頑張りたい」(前川氏)

 前川氏の発言といえば加計学園問題ばかりに注目が集まっているが、こうした教育に対する真摯な姿勢にも注目していきたい。
<取材・文・写真/横田一>

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