The point of no return 

テレビでは、没落し始めた小池劇場と、安倍首相の続投ラインしかやっていない。この選挙で、日本が戦争をする国になるかどうか、という岐路に立っていることを、何も語らない。

自民党候補の40%が、対北朝鮮武力行使を支持している。産軍共同体と癒着したトランプ大統領が、北朝鮮危機を煽り、軍事行動をちらつかせる。安倍首相は、国際社会から孤立して、トランプ大統領に隷属し、さらなる軍事的圧力を北朝鮮にかけるという。

朝鮮半島有事の際には、数百万規模で犠牲者が出、さらにわが国にも戦火が及ぶ可能性がある。その戦争は、ひとえに、米国が北朝鮮に圧力を加え続けたこと、交渉のテーブルにつかないことが大きな要因だ。米国では、北朝鮮問題の担当官僚が、いまだに政府任用されていない。北朝鮮を交渉のテーブルに引き出すための積極的な努力がなされていない。我が国は、その米国の戦略に隷属し、米国の盾になろうとしている。

以下の中村文則氏の論考の言うところは正しい。引き返しが不可能になるポイントを超えるかどうかの選択が、国民の目の前にある。

以下、引用~~~

 10月6日付朝日新聞デジタル 排他の政治、感情で支持する人達 中村文則さん憂う

■総選挙 日本の岐路 作家・中村文則さん寄稿

 衆議院が解散となった。解散理由の説得力のなさは、多くの人がすでに書いているので、ここでは繰り返さない。僕もその件に関し首相の発言を様々に観(み)たり読んだりしたが、わからなかった。

 でも今回の解散は、ある意味首相らしいとも言える。首相はそもそも様々なことに対し、もう国民を納得させる必要をそれほど感じていないように見える。本当の説明をせず、押し通すことに、もう「慣れて」しまっているように見える。これは、とても危険なことだ。

 安倍首相を積極的に支持している人達は、共謀罪をあのような形で成立させても、森友学園問題で首相夫人を私人と閣議決定しても、親友で何度も会っている、加計学園の理事長の長年の目標(15回申請していた)の獣医学部への想(おも)いを今年の1月20日まで知らなかったと言っても、その件で関係者達が国会で「記憶にない」を連発しても支持してくれる。だからそういった層には、元々説明する必要性は薄い。

(ちなみに付け加えて書くと、これらを全く問題ないと強く首相を支持する人達と、蓮舫議員の二重国籍問題を批判した人達はかなり被るので、少し想像していただきたいのだが、もしこれらが全て「蓮舫首相」がやったことだったらどうだろうか。蓮舫首相が獣医学部の規制に「ドリルで穴を開けた」結果、蓮舫首相の長年の親友の大学のみがその対象に選ばれたとしたら。果たして彼らは同じように「全く問題ない」と言うだろうか。少なくとも、ネット配信が盛んなあの保守系の新聞が、打って変わって「蓮舫首相の加計学園問題」を喜々として叩(たた)く様子が目に浮かぶ。ちなみに僕は無党派というのもあるが、もし「蓮舫首相」が同じことをしても絶対批判する。逆に安倍首相に蓮舫氏のような「二重国籍問題」があっても絶対批判しない。強い安倍政権支持は、もう論というより感情の世界に入り込んでいる危険がある)

 首相に対しどちらともいえない、いわゆる中間層に対しても、首相は説明の必要性をそれほど感じていないように見える。

 実際、そういった人達が政治にうんざりし、選挙に来ないでもらえたらそれでもいいし(投票率が下がれば組織票に強い自公政権は有利)、北朝鮮の脅威を煽(あお)れば自分達に投票してくれるだろうし、森友・加計問題も、このまま関係者達の大半を今のように隠しておけば、いずれうやむやに忘れてくれると思っているのではないか。安保関連法であれほど支持率が下がっても参院選で大勝した結果、中間層までも「甘く見る」ようになってしまったと感じられてならない。あの選挙での大勝は本当に大きな出来事だった。だからこれらは首相の資質というより、我々有権者がそうさせてしまったことが大きい。

 そして政権を批判している人達に対しては、首相が都議選で野次(やじ)のコールをした人々に対し「こんな人達に負けるわけにはいかないんです」と言ったあの言葉が浮かぶ。一国のトップである首相が、国民の間に線を引いた瞬間だった。「こんな人達」はつまり「敵」として線を引いているので、そもそも説明する必要を感じていない。

 どの層に対しても、そうなってしまっているのではないか。今回の解散も、その延長にあると僕は思う。国会を見ていると、事実より隠蔽(いんぺい)の、説明より突破の、共生より排他の強引な政治のように感じる。そしてそれらを、論というよりは感情によって支える人達が様々に擁護していく。

 一連の感覚は世相にも現れているように思う。「中村(僕)は安倍政権を批判したから売国奴」とある人物から言われたことがある。

 首相という立場は、国民から厳しい目で見られ、時に批判されるのは当然のこと。とても辛(つら)い立場だ。正直そう思う。でもそれらに懐深くいられる人物であるからこそ、逆に首相という困難な立場にいることができるともいえる。政権批判=売国奴(非国民)の幼稚な構図が出来上がったのは、小泉政権でその萌芽(ほうが)はあったが、安倍政権で本格化したと僕は感じる(他の首相では滅多にそうならない)。事実が重視されないフェイクニュースの問題も顕在化している。理性的とは言えないヘイト・スピーチや揶揄(やゆ)や罵倒がネット上に溢(あふ)れるようになったのはもっと前からだが、年々酷(ひど)くなっている印象を受ける。安倍政権を熱烈に支持する「論客」などには、彼らなりの愛国のせいか、どうも排他的な人達が散見され、そういった言説を広げようとする傾向がある。

 知人と憲法の話になり、僕が個別的自衛権と集団的自衛権の違いなどの話をしながら現憲法を擁護していると、面倒そうに説明を遮られ、「でもまあ色々あるんだろうけど、(憲法を変えないと戦争できないから)舐(な)められるじゃん」と言われたのはつい先月のことだった。「舐められるじゃん」。説明より、シンプルな感情が先に出てしまう空気。卵が先か鶏が先かじゃないけれど、これらの不穏な世相と今の政治はどこかリンクしているように思えてならない。時代の空気と政治は、往々にしてリンクしてしまうことがある。論が感情にかき消されていく。

 今回の解散の結果、政治は混乱している。「野党の準備が整う前に解散したのでは」とよく報道で目にするが、永田町論理では当然のテクニックなのだろうが、一般の我々からすると、それは本来「有権者の選択肢に不都合を与える行為」でしかない。解散権の乱用については一度議論が必要だ。でもそれも関係ないのかもしれない。支持する人達は感情で支持してくれるし、あとは北朝鮮の名を連呼して突破する。

 この強引な解散によって、小池都知事によるかなり右よりの保守政党「希望の党」が登場し、前原誠司氏は事実上民進党を解体した。

 希望の党が旧民主党のリベラル派に対抗馬を立てるとの報道があるが、あまりにもくだらないと感じる。反・安倍政権の野党候補の一本化を、邪魔するためにのこのこ出てきたわけではあるまい。仮に自公政権が勝利すれば、その勝因は希望の党が野党共闘を破壊したことも大きいことになり、そうなれば、小池知事も前原氏も、最高の安倍政権アシストとして歴史に名を残すことになる。まさかそんなチンケなことは望んでいないだろう。希望の党は、他の野党候補と今からでも選挙区の棲(す)み分けをするべきだ。そうでないと、希望の党が選挙に出る大義は薄れるのではないか。

 選挙の先にあるのは何だろう。

 現政権が勝利すれば、私達はこれまでの政権の全ての政治手法を認めたことになる。政権は何でもできるようになる。あれほどのことをしても、倒れなかった政権ならすさまじい。友人を優遇しても何をしても、関係者が「記憶にない」を連発し証拠を破棄し続ければよい。国民はその手法を「よし」としたのだから。私達は安倍政権をというより、このような「政治手法」を信任したことを歴史に刻むことになる。

 感情的に支持する人はより感情的になり攻撃性も増し、本当の説明は不要だから、発展途上国の独裁政権のように腐敗することも理論上可能となる。「私は悪いことをしている」と公言する独裁者はいない。いい加減な説明をし、国民は納得していないのに権力に居続けるのが典型的な独裁政権だからだ。明治というより昭和の戦前・戦中の時代空気に対する懐古趣味もさらに現れてくるように思う。そもそも教育勅語を暗唱させていた幼稚園を、首相夫人は素晴らしい教育方針ともうすでに言っている。

 改憲には対外的な危機感が必要だから、外交はより敵対的なものになり、緊張は否応(いやおう)なく増してしまうかもしれない。改憲のための様々な政治工作が溢れ、政府からの使者のようなコメンテーター達が今よりも乱立しテレビを席巻し、危機を煽る印象操作の中に私達の日常がおかれるように思えてならない。現状がさらに加速するのだとしたら、ネットの一部はより過激になり、さらにメディアは情けない者達から順番に委縮していき、多数の人々がそんな空気にうんざりし半径5メートルの幸福だけを見るようになって政治から距離を置けば、この国を動かすうねりは一部の熱狂的な者達に委ねられ、日本の社会の空気は未曽有の事態を迎える可能性がある。

 北朝鮮との対立を煽られるだけ煽られた結果の、憎しみに目の色を変えた人々の沸騰は見たくない。人間は「善」の殻に覆われる時、躊躇(ちゅうちょ)なく内面の攻撃性を解放することは覚えておいた方がいい。結果改憲のために戦争となれば本末転倒だ。

 最後に、投票について。こんなふざけた選挙は参加したくない、と思う人もいるだろうが、私達はそれでも選挙に行かなければならない。なぜなら、たとえあなたが選挙に興味がなくても、選挙はあなたに興味を持っているからだ。

 現在の与党は、組織票が強いので投票率が下がるほど有利となる。彼らを一人の人間として擬人化し、投票日の国民達の行動を、複眼的に見られる場面を想像してみる。「彼」は、投票日当日のあなたの行動を固唾(かたず)を飲んで見守っている。自分達に投票してくれれば一番よいが、そうでない場合、あなたには絶対に、投票に行かないでくれと願う。あなたが家に居続けていれば、よしよしと心の中でうなずく。結果投票に行かなかった場合、「彼」はガッツポーズをし、喜びに打ち震えワインの栓でも抜くだろう。こんな選挙に怒りを覚えボイコットしている国民に対しても「作戦成功」とほくそ笑むだろう。反対に、野党は投票率が上がるほど有利となる。野党の「彼」は、当然あなたに選挙に行って欲しいと固唾を飲んで見守り続けることになる。有権者になるとは、望んでいなくてもつまりそういうことなのだ。

 この選挙は、日本の決定的な岐路になる。歴史には後戻りの効かなくなるポイントがあると言われるが、恐らく、それは今だと僕は思っている。

     ◇

 1977年生まれ。「土の中の子供」で芥川賞。最新作は近未来のディストピアを描いた「R帝国」。作品は各国で翻訳されている=中村真理子撮影

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