FC2ブログ

国家主義の萌芽 

医師不足の解決策として、医師に僻地勤務を強制しようという意見が、様々なところで出されている。「かの」福島県の民主党候補が、僻地勤務義務化を唱えているので、驚いた。福島県立大野病院事件を良く知っていれば、そのような話は出てこないはずだ。民主党の見識を大いに疑う。

この僻地医療義務化の主張の背後には、医師は多くの税金を用いて教育されたのだから、社会に奉仕するのが当然だという主張が隠れている。または、公然とそれを唱える人もいる。

僻地勤務義務化をしても、問題は解決しないことは置いておくとしても、そうした意見には、個人の職業選択の自由といった人権意識が、微塵もない。

先日、「ゾフィーショル最期の日々」という映画を、テレビで観た。大学生であった彼女は、第二次大戦中にドイツミュンヘンで、兄ハンス(彼は医学生だったそうだ)等と反ナチの抵抗運動を行い、ゲシュタポに逮捕され、処刑されてしまう。その緊迫した経過を、新しく発掘された史実に基づき映画化したものだ。

その中で、彼女達を裁く人民法廷という名ばかりの裁判で、裁判官は、「君達は、国家の援助により、学生として勉学を続けられたのではないか、社会に奉仕する義務がある」といった内容のことを、激しい言葉で、ゾフィー達に投げかける場面があった。恐らく史実だったのではあるまいか。

現在、医師不足解消の手立てとして主張される医師の僻地勤務義務化は、このナチの手先の裁判官の言葉と同じではないか。さらに、教育には、義務教育、高等教育いずれも税金が投入されているのだから、この僻地勤務義務化を敷衍すれば、国家のために、国民はいかなる仕事にも就かねばならぬということになる。恐るべき、人権無視の国家主義的な発想ではないか。ナチズムも当時のドイツ社会では熱狂的に支持された。そのような社会状況になれば、国家のために国民は生きるべきだという主張が、わが国でも大手を振るうことになるのではないか。

日本という国家は、人権を擁護する意識が乏しい国家のような気がする。


コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://nuttycellist.blog77.fc2.com/tb.php/558-b5be2bde