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ルワンダ内戦の衝撃 

1990年代初めに、Hartmut DK2SCが、ルワンダから9X4HGというコールでアクティブに出ていた。首都キガリ郊外で、放送施設のメンテナンスをしていたドイツ国籍の方だった。当時の彼との交友については、JARL A1Clubのサイトに拙文を載せていただいてある。

ルワンダでの内戦、フツ族によるツチ族の虐殺については、当時の彼とのやり取り、さらにマスコミのニュースで、多少知っていた。正直なところ、遠いアフリカでの部族対立程度にしか認識していなかった。

「ホテル ルワンダ」という映画が、テレビで放映された。内戦時に虐殺されそうになった人々を、あるホテルのマネージャーが匿い、逃げさせたというストーリーだ。史実に基づいた物語のようだ。よく出来た映画で、一見をお勧めしたい。

その物語りの中で一番驚かされたのが、この内戦で苦しむ人々に、国連はおろか、米英仏等の先進国それに昔の支配者であったベルギーまでもが、手を貸そうとしなかった、むしろそうした人々を捨て置いて、逃げ出したという描写だ。これは、事実であったに違いない。でなければ、100万人とも言う大量虐殺の犠牲者が出たはずがない。

冷徹な国際政治の場にあっては、ルワンダの内戦は一顧だにする必要の無い出来事だったのだろう。しかし、ルワンダを無視し、放り出した先進国の政府は、歴史に大きな汚点を残した。経済的、政治的な利害が絡まないといって、無視して良い出来事ではなかったはずだ。

翻って、自分自身、Hartmutの安全だけが大きな関心事であったことを、ある痛みをもって思い起こす。自分に何かできることはなかったのだろうか。一人の民間人が、国際政治の強固な枠組みのなかで、遠く離れた異国に生じた出来事に対してできることは、実際上あまり無かったかもしれない。しかし、問題の深刻さにより鋭敏になっているべきだったと強く反省させられる。

さらに、こうした国際的な悲劇を同時代人として経験したことに気付くと、市民レベルでの国境を越えた連帯が、必要になっていることを痛感する。

私達に何が問われ、何ができるのか、よく耳を澄ましてみる必要がありそうだ。

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